咲く花にひとの輪は回る

 代金をもらって土色の紙にくるんだ花束を差し出すと、その女性客は「売り物はきれいなんだから、包み紙やボウヤたちの身なりも少しはきれいにしたら」と笑って去っていった。
 黒髪の生え際が皮脂で固まり衣服の上下ともつぎはぎだらけの俺と、ボロ布同然な外套の背中に枯れ藁のよう長髪を流す師匠。「ありがとうございました」の言葉以外は、苦笑いしか返せなかった。
 小銭を革袋に入れる。早朝、この街道にわずかな荷物といっぱいの花を挿した陶の花筒たちを積んだ荷車を停めてから、数時間。売上額はいつもの五日分になっていた。
「売れすぎてこわいです、師匠」
 見上げると、彼も首を傾げた。膿がにじむ白い薄布を巻いた首を。
「人通り、が、多い、ですね。近くに、大きな、街が、あるのかも」
 とぎれとぎれのしゃがれ声で答えた師匠が、春先の空に似た色の目をすがめ、行く先を見やった。俺も視線を追って、陽射しのまぶしさに手をかざしたとき、
「お花、かわいい!」
 後ろで、高く幼い声が響いた。
「おとーさん、これ! エメリ、これほしいの!」
 肩で踊る金髪と若葉色の瞳を輝かせる女の子の横で、大きな革袋を背負った中年男性が口を半開きにして花々をのぞき込んでいる。
「あの、どうします?」
 声かけに、男性が背を伸ばした。
「いただこう」
「どれにします? 大きいのも小さいのも、一輪で三百ルーダです」
「全部」
「はい?」
 「全部」? 三年ほどの旅の間にアルダ語がかなりわかるようにはなったんだけど、聞き間違えたかな?
 彼はもう一度、強く言った。
「全部買う!」
 と。
「えっ?」
「さぁ運ぶぞ! エメリは荷台だ!」
「わぁい!」
「ちょ……!? え?」
 あっという間に女の子は荷台に飛び乗り、男性はというと、柄を持って荷車をひき始めた。
 頭がおいつかない俺と師匠は、何度も顔を見合わせた後、
「置いてっちゃうよー!」
 女の子に呼ばれて、土の道を進む荷車を追ったのだった。

 昼下がり、わずかな荷物といっぱいの花と六歳ぐらいの女の子と二十半ばの師匠を積んだ荷車は、俺と小太りの中年男性にひかれて石造りの街に到着した。
 アルダ帝国ポゼ領ポゼ。国境のすぐ近くだという。
 地面が石畳に変わり、車輪から届く音が硬くなった。木と土ばかりの場所で育ったから、道の敷石や高い石壁の息づかいがもの珍しく、つい何度も見回してしまう。
「三年経つが、あちこち壊れたままなんだ。あそこも、あそこもだ」
 男性が指差す先に、天井や壁が崩れたままの建物や、がれきの山、大穴がいくつも空いた脇道などが見える。焼けて煤けた色の建物も多い。
「戦争のせい?」
「ああ。ポゼはアルダ帝国に奪われた街だ。でも、ここはかなりましな方らしい」
 肩ごしに、荷台を見やる。色も形もとりどりな花の中、女の子が知らない曲を歌っている。師匠も一緒に歌おうとせがまれていたが、三年前から癒えない喉のケガのことを伝えたようで、今は手拍子をねだられている。
「あの子……」
「エメリだ。かわいいだろう。とてもかわいいだろう」
「は、はい。えっと、エメリちゃん、声、きれいですね」
 声には力がある。彼女の澄んだ歌声は、はつらつと弾み、触れるものを活気づける。みんな・・・、彼女が生み出す音の波に躍って喜んでいるのが、俺にはわかる。
「歌が好きでね。歌姫になって皇子様と結婚する、なんて言ってるよ。……ときに、おまえさん、としは?」
「十一です」
「ほう、えらくしっかりしてるな。ふふふ。で? 後ろの人は? 父さんかい? 兄さんかい?」
「あの人は――」
 もう一度、肩ごしに振り返り、答えた。
「――師匠です」
 そうとしか……答えられなかった。
「師匠? 何の?」
「花を咲かせるための……」
「ああ、栽培もしてるのかね」
 はい、と小さくうなずいた。
「いやぁ、この花々は見たこともないような珍しいものばかりだよ。なにより美しい。今日の祭にふさわしいね」
「祭?」
 視界が開け、丸い広場に出た。屋台や舞台を組み立てたり、椅子や円卓を並べたり……男女問わずたくさんの人々が作業を行っている。
 噴水前で荷車を止めると、荷台の花に目を留めた女性たちが手を止めて集まってきた。
「あら、きれい。って、なに、この赤い花! 透けて硝子みたいじゃない! こんなの初めて見るわ!」
「仔鹿亭さん、これ、タダだよね? 『月の環祭』の経費内よね?」
 詰め寄られた彼――仔鹿亭さんは、ひるみながらも首を振った。
「いや、経費外だ! 小さいのも大きいのも一輪三百ルーダ! だった、ね?」
 うなずくと、
「思ったより安いじゃないの。買うわ」
「なんだい、ケチ! けどまぁ、祭だからね、しかたないね!」
 一斉に財布や小銭を懐から取り出した女性たちから、次から次へと注文が入り、俺と仔鹿亭さんと師匠、そしてなぜかエメリまで接客に追われることになった。
 そうして荷台に残ったのは、わずかな荷物と空になった陶の花筒たちだけになり。仔鹿亭さんは「うちの宿に飾る分を取っておくのを忘れてた!」と頭を抱えた。

 日が暮れると、街はよりいっそうにぎやかになった。
 噴水からあちこちの屋根や窓へ張られた縄に連なって吊るされた油燈は、遠くの空で欠ける月よりもずいぶんと明るい。外周に沿って立てられた屋台からは、焼いた獣肉や熱で強さを増した香辛料の香りなどが押し寄せてくる。
 買い上げてもらった花々が飾られた舞台では、横笛や竪琴の奏でる旋律に合わせて、派手な夜会服で着飾った女性たちがあでやかに歌い踊っている。満月色の花のつぼみのような装いのエメリもいた。みんな、花で編んだ冠をかぶってくれている。
「満腹なんて何年ぶりだろ」
 舞台前に並ぶ円卓でふくれた腹をさすると、対面でブーヅ酒の杯を傾ける仔鹿亭さんが笑った。
「どんどん食べなよ。今まで食うに困ってたんだろう?」
「や、もう無理です。あ、このお肉、師匠に持っていっていいですか?」
 師匠の体は、喉のケガのせいでとても弱い。今も、旅の宿・仔鹿亭に借りた一室で休んでいるのだ。
「かまわないけど、お師匠さん、あそこにいるぞ」
 示されたの舞台脇で、宿にいるはずの師匠が、竪琴をあれこれいじっている。弦を張り直してあげているようだった。
「楽器も直せるのか。器用なんだねぇ。でなけりゃ、こんなきれいな花を育てられないか」
 各卓に細い花瓶がのっていて、やはり俺たちの花が挿されていた。仔鹿亭さんの太い人差し指が、たくさんの小さな花びらでかたちづくられる青白い球形の花をつついた。
「しかも、なんか光ってる気がするんだよなぁ」
 その呟きを「酔っぱらってますね」と軽く流して、
「あの、これって何の祭なんです?」
 と、話題を変える。
「いろんな人が『今日は祭だから』って、すごく優しくしてくれたんですけど……」
 そう。タダ同然の値段で泊めてくれたり、湯浴み場を貸してくれたり、師匠に医者を紹介してくれたり――この街に来てからの短い時間で受けた親切は、度が過ぎているように思えた。
「昔からこの時期に『月の環祭』というどんちゃん騒ぎ……いや、街の繁栄を願う祭をしてたんだが、戦争でそれどころじゃなくなってねぇ。うちの妻もそうだが、たくさんの人が殺されたし、家も店も壊されるしで、心がすさんでねぇ」
 語る厚い左手が持つ硝子の杯の中で、紫色のさざなみが立つ。
「この頃はなんとかみんなの暮らしも気持ちも落ち着いてきて、今日、やっと祭を復活できたんだ。そんなわけで、みんな嬉しくて気が大きくなりすぎてるのさ。ははは」
 陽気な笑いで語りを締めた彼がブーヅ酒を飲み干したところで、師匠がやってきた。医者に巻いてもらった新しい包帯の白さが目立つ。
 横に座った師匠は、俺に耳打ちしてから、仔鹿亭さんに向かって深々と頭を下げた。
「何から何までお世話になって申し訳ありません、と言ってます」
 耳打ちされた言葉を伝える。彼はごく小さな声しか出せないので、音楽が流れ続けている中ではこうした方が早い。
「こちらこそ、むりやりですみませんでした」
 仔鹿亭さんも、しきりに手を振りながら頭を下げる。
「おかげ様で、この街の復活の祭を華やかに彩ることができました。これを機に、繁栄を願う『月の環祭』から、平和を願う『花の環祭』に変えるよう提案しようかねぇ」
 少し潤んだ目が、花の冠をかぶって舞台で歌うエメリへと向けられた。目が合った彼女が駆け下りてきて、仔鹿亭さんの袖を引っぱった。
「おとーさんもあっちで歌おうよ」
「あー、お父さん、お酒呑んだら眠くなっちゃったぞぉ」
 仔鹿亭さんは芝居がかったしぐさでこすった目を師匠に向けて、天板に左頬をつけた。何かを察したらしい師匠が、すかさず空き皿を重ねて同じようにつっぷした。
「みんな寝ちゃった。つまんない」
 エメリの若葉色の瞳が、残った俺にとまる。
「じゃ、おにいちゃん、あっちで歌おうね!」
「いや、俺、歌えない……」
「じゃあ、踊ろう!」
 つかまれた手首を引っ張られる勢いで、椅子から腰が浮く。足が前へ出る。小さな女の子のかよわい力でしかないのに、何歩も、何歩も。
 気がつくと、俺は舞台で歌い踊っていた女性たちに引き上げられ、歌舞の輪に巻き込まれていた。彼女たちが身をひるがえすたび、夜会服の裾で重なる飾りひだが、夜風をはらんで色とりどりに花開く。
「ようこそ、ポゼへ。旅のかわいいお花屋さん」
「今宵はお祭、やなこと忘れて」
 俺の手をとっては、ひと節ふた節、思い思いに旋律をつけながら華麗に舞い回り、
「みんなで輪になって、手を取り合って」
 離れては、次の踊り子が同じように歓迎してくれる。
「歌って、踊って、楽しんで」
 そうして、再びエメリの番になったとき、
「もう住んじゃえば、いいじゃなーい!」
 満開の笑顔で高らかに歌い上げられた突拍子もない詞に、広場がどっとわいた。仔鹿亭さんも笑っている。俺も思わずふき出して大笑いしてしまった。
 師匠は身を起こして、穏やかなほほえみを向けてくれた。
 快活に笑い声をあげるひと・・だけではなく。平和を取り戻したこの街のすべてが、エメリの歌声に笑みこぼれている。飾られた花々も、油燈の火も、石畳も石壁も、空気も。みんな。……俺にはわかる。

 こうして、俺と師匠はあてどない二人旅を終え、この街でなごやかに花屋を営むことになった。


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サークル名:That’s right.(URL
執筆者名:曽野 十瓜

一言アピール
普段は現代日本のささやかな怨念ばかりを綴るサークル。
本作は新刊の異世界FT小説『残響に緋の花が咲く』の前日譚になります。単品でも読める……とは思いますが、謎が残った方、お気に召していただけた方は、委託コーナーの新刊見本もご覧いただければ幸いです。

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