勿忘草~叶わない願い~

 山あいにあるヤイネ村には、願いを叶える魔女がいる。月が昇る頃近くを歩いていると、望みあるものを己が元へと誘うとかなんとか。そうして今日も、願いあるものが魔女の元へと導かれる。
 夜道を歩いていて突然目の前に現れた家に、少女はごくりと唾を飲み込む。取っ手に手をかけようとする前に、扉が勢いよく開いた。
「魔女の店にようこそ」
 楽しそうな声でそう言いながら扉を開けたのは、黒づくめの少年だった。背中には黒い翼。扉の前にいた少女はぽかんと口を開けて立ち尽くす。
「邪魔よ、悪魔」
 奥から聞こえてきた静かな声に、悪魔と呼ばれた少年はつまらなそうな顔をして引っ込み、宙にふわりと浮くようにして、黒いローブに身を包み深くフードを被った人――魔女の傍へと寄る。
「入って、椅子におかけなさい」
「は、はい」
 魔女の言葉に少女は慌てたように店の中へ足を踏み入れる。後ろでバタンと扉が閉じる。
 少女が椅子に座ると同時に、魔女が声をかける。
「あなたの願いは?」
「私を、病気にしてください」
 向かいに座った魔女をまっすぐに見つめ、少女はそう言い放つ。
「なぜ?」
「ある人と、結婚させられそうなんです。だけど、私はその人と結婚したくないんです。病気になれば、結婚しなくて済むでしょう?」
 ハキハキと言葉を並べた少女はそのまま話を続ける。結婚相手というのが、自分の住んでいる街ではなく、近くの村の大農園の息子だということ。その息子は変わり者で、使用人がたくさんいるのに自分も農作業をしていること。そんな彼を好きになれないこと。
「私は裕福な家庭で生まれて、土なんて触ったこともないんですよ?しかも、不便な田舎に嫁ぐなんて絶対ごめんだわ!」
 ぺらぺらと一人で勢いよく話して、つんと顔をそむける少女に魔女は呆れたようにため息をつき、傍に居た黒づくめの少年はケラケラと笑い出した。
「お前面白いなぁ。好きな人と一緒になりたい!とかじゃないんだ」
「好きな人がいる訳じゃないもの」
 きっぱりとそう言い切る少女に、少年はニヤリと笑いかける。
「じゃあ、俺がそいつ消してやろうか?」
「え?」
「邪魔なんだろ?そいつが消えれば結婚しなくてすむし、魔女の手も借りずにすむぞ」
「消すって?」
「殺すという事よ。どっちがいい?」
 少女の質問に、魔女が淡々と答える。少女はサッと顔を青くして、少年に掴みかかる。
「それは、それはダメ!殺すのはダメ!私がちょっと病気になって、それがいつ治るかわからないみたいになれば、それでいいの!」
「へぇ」
 何かを察したようにそう呟くと、少年は「冗談だよ」と言って少女を椅子に座らせる。
「いいわ。あなたにある薬をあげる。その薬は、飲んでる間はどんどん体が弱っていくけど、飲むのを止めれば自然と回復するわ。でも、程々にね。やりすぎると死ぬわよ」
「ありがとう!」
 パッと顔を輝かせる少女。その少女の両肩にポンと手を置いて、少年が耳元でささやく。
「喜ぶ前に、魔女に代償を払わなきゃ」
「あ……」
「代償は、あなたの記憶。水晶玉の上に手を置いて」
「記憶……なら、あの男の記憶を持って行ってよ。病気な上忘れたなんて最高じゃない」
 そう言って水晶玉に手を置きながら失笑する少女を、少年は面白そうに見ていた。
「決めるのはあなたじゃないわ」
 魔女がそう言って水晶玉に手を翳すと、水晶玉の中が次々と様々な色にめまぐるしく変わり、もっとも色濃くなった所でふわりと煙があがり魔女の手元に丸く形を作る。手にそれを乗せたまま魔女は部屋の奥へと消えていく。
「……特に、何もないのね」
 記憶が消えたような感覚も、何かを忘れているような感覚も、痛みやかすかな違和感さえも少女は感じていなかった。
「魔女の魔法なんて、人の身にはわかりづらいものさ」
「あなたはわかるの?」
「悪魔だからね」
 ニコリと愛想よく笑う少年につられて、少女もふと笑みをこぼす。
 少しして、手に液体の入った小瓶を持った魔女が戻ってくる。
「さっき言った薬よ。一気に飲むと死んじゃうから、量には気を付けて。少しずつ試すといいわ」
 そう言って少女に小瓶を手渡すと、少女はそれはそれは嬉しそうに微笑んで立ち上がった。
「ありがとう!これで、願いが叶うわ」
 頭を下げてから意気揚々と出ていく少女を、魔女と少年は静かに見送った。
「よかったのかー?ソフィア。お前もあいつの記憶を見たなら、あいつの考え分かったんだろ?」
「まあね。信じて騙されてあげるのが彼女の願いだし、いいのよ」
 フードを脱いでソフィアは深くため息をつく。
 ソフィアの露わになったブロンドの髪をすくって弄びながら、少年――悪魔は言葉を続ける。
「本当に騙されてあげたの?優しい魔女さん」
 うっとうしそうに悪魔の手を払いながら、ソフィアは真っ直ぐに悪魔を見やる。
「あなたに関係ないでしょう」
「人を想う気持ちは、人を歪め、時に壊す」
 ひどく顔を歪めて、そう絞り出すように呟いたかと思えば、にっこりといたずらっぽい笑みを悪魔は浮かべる。
「面白そうだから、後つけちゃおっかな」
 楽しそうにそう言った次の瞬間には、悪魔の姿は消えていた。悪魔の居なくなった空間を見つめながら、魔女は小さくため息をついた。
 魔女の元を後にした悪魔は、少女の姿を見つけて少女の傍に降り立つ。
「やあやあお嬢さん。自宅まで送ってあげよう」
「さっきの悪魔」
「お礼は、お嬢さんの願いが叶うか見せてくれればいいよ」
「は……?」
 少女の答えを待たずに、悪魔は少女を抱え上げ、背中の翼を広げて空へと飛び立つ。少女は小さな悲鳴をあげて、悪魔にしがみつく。ぎゅっと目をつぶって、恐る恐る開く頃には自宅へとたどり着いていた。
「はい、到着。楽しみにしてるよ、君の行く末」
 声だけが聞こえて、悪魔の姿はいつの間にか消えていた。少女は、しばしそこに立ち尽くしていたが、小さく頭を振ると家とは逆の方向へ走り出した。
 行き先は、村の井戸。魔女から貰った薬を、そっと井戸へと注ぐ。
(全部はまずいから、まずは少しだけ。これで、村に病気が流行る筈)
 次の日も、その次の日も、少女は夜になると井戸に向かい、魔女の薬を注ぎ続けた。薬の量は、半分になった。けれど、村は至って平和だった。妙な病が流行るどころか、何かの病に罹るものすらでない。
(どうして……)
 夜、少女は井戸へ向かい、残りの薬を全て井戸に流し込んだ。
 幾日経っても、村には何の変化もなく、いつもの日常が溢れかえっていた。
「どうしてよっ……!」
 夜、一人井戸の傍らに佇んで少女は叫ぶ。叫んだ拍子に振り上げたこぶしは井戸にあたり、ダラダラと血を流す。
 ケラケラと悪魔の笑い声が聞こえる。
「病気になりたいなんて、嘘を吐くからさ」
「悪魔……」
「魔女はお前の嘘なんてお見通しだったのさ」
 暗くて表情は見えないが、その声色はどことなく楽しそうだった。少女はひきつった顔で、涙を流しながら震える唇でなんとか言葉を発する。
「嘘を吐いたから、嘘の薬を渡した?」
「さあ、それは知らないな。俺は魔女じゃないからね。魔女に聞けば?」
「もう、遅いもの」
 全身から力が抜けたようにその場に座り込む少女を、悪魔が覗き込む。暗闇に悪魔の赤い瞳が揺れる。
「明日、あの人はあの女と婚儀を挙げるの。流行病でも起きてくれたら、中止になったのに」
「その女のフリをして、魔女に病気にしてくれって言ったんだろ?素直に街を流行病にしてくれって頼めばよかったのに」
「魔女のこと教えてくれた子が、魔女は他人に関わる願いは叶えてくれないっていうから」
「ふぅん」
「あの人は、あの女が好きだって言ってた。もう、私の入る隙なんてなくて。だから、だから……」
 うわ言のようにぶつぶつと言葉を続ける少女の瞳を、悪魔は真っ直ぐに見つめる。
「お前の願い、俺が叶えてやるよ」
 悪魔の言葉に少女がパッと顔を上げる。希望に満ちた瞳が悪魔の赤い瞳に吸い寄せられるように視線が合う。
「流行病がいいか?それとも、その女を殺すか?いっそ、お前のものにならない男など消してしまうか?どれがいい?」
 揺れる少女の瞳を、悪魔は真っ直ぐに見据える。
「私、私は、あの人とあの女が一緒になるのを見たくない。見たくないの。あの人の隣に他の女が立つのを見たくない」
「見たくない、ね」
「見たくない。見たくない。あの人の隣に……」
「いいよ、叶えてあげる。見なきゃいいんだよね」
 悪魔がそう呟いて手を伸ばす。次の瞬間、短い悲鳴と肉を引き裂く音が静かに響いた。高く高く掲げられた少女の体から零れ落ちたものが、井戸に零れ落ちて赤く染まる。悪魔が伸ばした手を戻すと同時に、少女の体が地に落ちる。
「ほら、もう見なくて済むだろう?お前のおかげで、婚儀も延期かもよ?」
 薄く笑みを浮かべて、それから眉間にしわを寄せて、歪んだ顔で悪魔は吐き捨てる。
「愚かな女。嘘までついて、人の幸せを奪おうとするから、こうなるんだ」
 翌日、少女の死と井戸の異変の為、少女の希望通り婚儀は延期になった。数ヶ月後、改めて催された婚儀は幸せに満ちたもので、男も女も幸せそうだった。その様子を、魔女はそっと空から見ていた。
「優しい魔女、なんて嫌味ね。あの子の本当の願いが叶わないのを知っていて、薬を渡したんだから。あの薬は、受け取った者にしか効果がない。それでいい方向に行けばと思ったけど、悪魔に魅入られちゃったか。可哀そうな子。来世は、幸せになれるといいわね」
 背後に感じる気配にそう声をかける。少女の姿をしたそれは、ぽろぽろと涙を流す。
「さぁ、逝きなさい。もうここに、あなたの居場所はないのだから」
 そっと呪文を唱えて、少女の姿をしたそれに手を触れる。静かに消えていくそれを見送ってから、魔女はその場を後にした。少女の来世の幸せを、願いながら。


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サークル名:風花の夢(URL
執筆者名:蒼依結那

一言アピール
恋愛・ファンタジーを舞台に、10代くらいの少年少女が悩んだり戦ったり楽しく過ごしたりしているお話を書いています。基本はすっきりハッピーエンド気質ですが、時々そうじゃないのも書いています。提出した「勿忘草」はオムニバス形式でお届けしている魔女が主人公のほのぼのファンタジー小説です。

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