相談ドットコム

 相談ドットコムには今日も面白い話がたくさん集まってくる。
 ID制の掲示板で、相談者が書き込み、それにおせっかいを焼きたい人々が答えていく。専門的な質問もあれば、こども相談室のような素朴な質問があり、ただの言葉遊びがあり、明らかな釣りがあった。
 釣りだって少量ならおいしいスパイス、立派なエンターテインメントである。有象無象の人々がいるこの日本の片隅で、夫が動物園のシロクマと浮気をしたり、火星人になる資格試験に三百万円を払おうとする姑を阻止する嫁がいることは、いい客寄せになる。 だが釣り師はすぐ調子に乗った。一ヶ月に一回書き込めばいいところを、毎日ネタを書き込んで粗製濫造、有用なはずの情報をあっという間に埋めてしまうのだった。
 みやびの仕事は一件三十円で、相談ドットコムが大喜利会場になる前に、つまらない相談やつまらない回答を書き込んだ人間のIDにしるしをつけていくことだった。彼らがどうなるのかは知らない。カルビーのしあわせバターを食べながら、画面の文字を追うだけの簡単なアルバイトだった。
 最近は特にセックス問題の閲覧数が上がっている。学生たちが夏休みに入り、彼らがコンドームや性病、妊娠について検索をかけた。新たな客を求めて、釣り師たちは彼らが好みそうな単語を質問の中にちりばめる。手ぐすね引いて待っている。
 釣り、と新たにチェックをいれようとして手を止めた。スクロールしてみると、最初の質問は去年の春。

この仕打ちはあんまりではないでしょうか

質問 わたしは32歳、市役所に勤める公務員です。妻は同い年で、ヤマハの教室でオルガンを教えており、幼稚園に通う娘が一人います。わたしはお酒が好きで、同僚とよく飲みに行きます。うっかりしたことで、行きつけの店の女の子とセックスをしてしまいました。
 魔が差したとしかいいようがありません。女の子は昼は近くの中華料理屋、夜はスナックで働いていて疲れているようでした。あの日は全員が飲み過ぎてしまって、後輩は帰りのタクシーで吐いてしまいました。もうめちゃくちゃで。シャワーを貸してあげると女の子が言ったかも知れません。それとも、タクシーの運転手が道を間違えたのかも知れません。後輩を先に送って、女の子の部屋に行ってしまったのです。
 あんまりよくは覚えていないのです。キッチンではもう全裸だったと思います。女の子はびっくりするくらい貪欲でした。それか、そういう夢を見ていたのかも知れません。わからないのです。忘れてしまったのではなくて、何種類の方法も覚えているからです。妻とはここ数年セックスレスでした。
 わたしは結婚5年目で、初めて、無断外泊をしてしまったのでした。
 怒るのはわかります。泣くのもわかります。でもキンコを預けてくれと言われて、わたしは渋っております。言いしれぬ不安があります。こちらにいる皆様方で、奥様にキンコを預けていらっしゃる方、おられますでしょうか。または預かっている奥様。それがどういう経緯で行われたのか、またその返却の頻度など、なんでも教えていただけると幸いです。わたしには少し、罰が重すぎるように思われます。

 スレッドは激しい勢いで伸びていた。みやびは悔しい。こんな風に育つ前にIDにしるしをつけることが仕事の評価に繋がるからだ。相談者はぐすぐずといいわけを繰り返していたが、結局キンコを妻に預けることに同意した。相談者抜きでスレッドは伸び続けた。キンコを巡る思い出は皆にあった。相談者は時々現れて相づちを打った。キンコを妻に預けてからはすっきりした気持ちが続いていて、仕事も順調らしい。セックスレスも解消になったという。キンコは妻が管理すればいいのにと言う極論を述べるものもあった。
 意外にも今の女の子たち、みやびとほとんど同年代を思われる、十代の若い女の子たちも、彼氏のキンコを短期保管をしていたりすることがわかった。
 中には捨ててしまった、という女の子もいた。浮気をした男に腹を立て、仲直りセックスのふりをして、男のキンコを掴むやいなや取り外して、窓から放り投げたというのだ。
 みやびはその光景を想像して椅子から転げ落ちそうなほど笑った。若い裸の男女。窓を開けてキンコを闇に投げ捨てる女。ほとんどベランダから飛び出しそうに身を乗り出した男。闇の中をきらきら、放物線を描いて飛んでいくキンコ。流れ星みたい。
 投げ捨てられたキンコがどうなったのかは、書き込みが多すぎて追い切れなかった。相談者がまた書き込んだのだ。

妻が浮気をしています

質問 全く気がつきませんでした。皆さんのお知恵をお借りしたいのです。全く気がつきませんでした。先日、昼に法務局による用事がありまして、とても暑い日で、汗もかいておりましたし、着替えてからまた仕事に行こうと家に帰ったのです。蝉がひどくうるさい日でした。
 エアコンをつけて、テレビをつけて、上着をハンガーにかけました。お昼の番組で、脳のトレーニングには小説の朗読がいいと言っていました。わたしはシャワーを浴びようと、浴室に行き、さっき水を使ったばかりなのだと気がつきました。水滴がガラスから滑り降りている途中でした。
 わたしはなんとなく、静かにしたまま、部屋に戻り、寝室の扉を細く開けました。そこには妻と知らない男がおりました。妻はしばらく経ってから気がつきました。わたしは怒っても良かったのですが、そこに立っていたのです。
 違うのよ、と妻は言います。見知らぬ男は慌ててジーパンを履こうとしましたが妻が止めました。そして妻は、なんと見知らぬ男から慣れた手つきでキンコを取り外すと、わたしに向かって振り回すのです。
「違うのよ、これはあなたのよ。あなたのだから」
 わたしのキンコだからこれは浮気ではないというのです。見知らぬ男はキンコ無しで今度こそジーパンを履き(下着は? おまえのキンコは?)シャツを羽織って、わたしに会釈をしてすり抜けて行きました。妻はシーツを胸にあてただけの格好でペンライトのようにキンコを振り回しておりますし、頭は妻の放った言葉でいっぱいでした。あなたのキンコだから、浮気ではない。そうでしょうか? どうなのでしょう? 言い合いになりましたが、争点は全くでたらめなものでした。
 結局、午後からは仕事に出て、帰宅してから話し合いました。妻はいつもより丁寧に化粧をしておりました。もう二度としない、と妻は言いました。もうしないではない、今していたことが問題なのだとわたしは言いました。ですが妻が、この話はもう終わりだというように、そのキンコをわたしにつけようとしました。セックスで有耶無耶にするつもりだったのでしょう。いつもならそれも、いい手でした。でもわたしはひどく狼狽えてしまいました。妻の手はを押さえ、腰を引き、無言でキンコを元の箱にしまわせました。ドレッサーの引き出しの中にあるラベンダー色の箱で、キンコを預けた翌日に妻が雑貨屋で買い求めたものです。
 妻がしたことは浮気なのかどうか、考えてみてもわかりません。でもわたしはあのキンコを再び使うことはできないように思うのです。それとも、時間が過ぎればまた、別の感情が浮かんでくるものなのでしょうか?

 ぷつりと、飽きてしまったかのように、質問者の書き込みはそこで途切れた。回答者たちの意見がかぶせられスレッドはどんどん伸びていく。みやびはすっかりしるしをつけるのを忘れて、読み進めてしまった。実はみやび自身は取り外したキンコを持ってみたことはない。男に付属したキンコしか知らない。田舎の風習だと感じていた節がある。それに友達とも、セックスの話をしたことがないと気づいた。
 みやびはふいに、初めて意見を書き込んだ。バイト用のログインIDだったからすぐに問題になることはわかっていた。けれど彼らの熱気に引きずられるように、書き込んでしまったのだった。釣られた、という訳だ。そして釣りに行った。大物を釣り上げたかった。すべてが嘘だった。兄もいなかったし、遠い地の砂浜は想像しただけだ。だが書き込みボタンを押してしまった。その後の議論は見なかった。

キンコ・ビーチ

回答 相談者さまのお悩みを拝見して、思い出したことがあります。空港の近くに、小さな神社がありまして、そこを南に入ると海に出ます。このあたりによくある灰色の砂浜で、白っぽい流木がたくさん流れ着いてくる場所です。わたしの兄はある時期から、よくそこに通っておりました。ほとんどは朝に、時々仕事帰りに懐中電灯を持って。散歩する犬もいないのにと思っていましたが、なんとなくこの散歩のことは聞けないでおりました。大人になってわかったのは、ここはある種の人々に、キンコ・ビーチと呼ばれているということです。
 流れ着いた白っぽい流木や中国のガラス瓶の間に、桃色のなまこのような、漂白されたウミウシのような柔らかいものが、よく落ちているのです。詳しいことは聞けませんでしたが、朝に、夜に、男の人がやってきて、自分に合うものを拾って行くと言います。長い砂浜を静かに歩いていると不思議とそれとわかるのだと、誰かが教えてくれました。
 遠い海からやってきたのか、誰かが捨てて流れ着いたのか。どちらにせよ、海に洗われたそれは、清潔で、許しやすいのではないかと思います。こんなことを書き込んで、さらに悩ませてしまったのならごめんなさい。けれどキンコ・ビーチには今日も見知らぬ人々が歩いておりますし、わたしはその近くで焼きトウモロコシを売っています。


Webanthcircle
サークル名:漣編集室(URL
執筆者名:まりたつきほ

一言アピール
わたしにとっては現実ですがそうではないかもしれないお話を書いています。テキレボにはキンコにまつわる短編連作本を委託する予定ですが、もしかすると、違うかも知れません。

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コメント

  1. 業平心 より:

    とても面白かったです!思わず股間に手をやりました。

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