透けた手紙

 あるところに不思議な郵便屋さんがありました。その郵便屋さんは皆が寝静まった暗い時間に明かりを灯します。郵便屋さんの名前は誰も知りません。なのでその郵便屋と中で働いている人は皆から『郵便屋さん』と呼ばれていました。
 名前の知られていない夜半過ぎに開く郵便屋さんは、それでも毎日誰かしら訪ねてくるのでした。

 その日に客が来たのは夜がだいぶ更けたころでした。
 客が扉を開けると正面に窓口が見えました。駅や役所などでよく見かける窓口によく似ています。
「すいませーん……?」
「はい」
 窓口には男性が一人座っていました。ワイシャツにグレーのスラックス姿、腕には黒のアームカバーをつけた、いかにも事務員といった格好です。
 客は窓口まで大股で近づくと、おそるおそる窓口の男性――郵便屋さんの顔を覗き込みます。
「ここで手紙を預かってくれると聞いたんですが……?」
「はい、お預かりいたします」
 そう言って郵便屋さんは微笑みます。客もつられて頬を緩めました。
 しかしそれだけでした。客はそれ以上動きません。よく見れば右手を上着の内側に入れていますが、入れているだけです。
 郵便屋さんは「はて」と首をかしげました。成人してまだ日が経ってなさそうな平々凡々な若者は、落ち着きなくソワソワしているようです。
「迷ってる」
 どこからか子どもの声が聞こえました。客は飛び上がるほど驚きますが、郵便屋さんは反対に落ち着き払っています。黙って声のしたほうへと顔を向けました。
 つられて客もそちらを見ます。
 いつの間にか客の隣に子どもが一人立っていました。男の子か女の子かわからないボサボサの髪、顔は洗っていないのかところどころ煤けていて、Tシャツは長い間着けているのか襟が少々伸びています。
「い、いつからここに……?」
 客は子どもの見た目じゃなく登場に驚いているようでした。こわごわ声をかけています。
「ずっとあそこにいた」
 子どもが指さしたほうには手紙の山が見えました。何年も放っとかれた封筒と便箋たちが積み上げられて、手前には古ぼけたソファとテーブルがあります。一人用のソファはフロアクッションがわずかにくぼんでおり、先ほどまで使われていたことがはっきりとわかりました。
「あんた、こっちばっかり見てて気づかなかっただろ」
 言いながら子どもはニヤリと笑います。まるで悪戯が成功したみたいな笑顔です。
 かと思えばすぐに笑顔を引っ込めました。
「それで」
「え?」
「迷ってる」
「ちょっと……」
 郵便屋さんが止めようとしても子どもはしゃべり続けます。
「ここに来る人は皆すぐに手紙を出すんだ。届けたいけど届けられない手紙を、どんな手段でもいいから届いてほしくて。でも」
 子どもはまっすぐ目を向けてきます。鋭い視線を放っている黒目は濁り一つありません。まるで暗い路地裏から野良猫に見つめられたときに似ています。
 その目に射抜かれ客は知らず知らず口をつぐんでしまいました。自分より幼く背も低い相手だというのに妙な後ろめたさを覚えたのです。
「でもあんたはなかなか手紙を出さない。迷ってる」
「手紙の内容は当方のあずかり知るところではございません」
 何かを話そうとする客を郵便屋さんがやんわりと押しとどめます。
「うちは『忘れられた手紙』ならば全て預かります。理由はいりません。単純にこの子個人の好奇心なんです」
 とたんに子どもがキッと郵便屋さんを睨みました。しかし郵便屋さんはうろたえません。慣れているのでしょう、少々困ったような視線を幼い相手に投げかけるだけでした。
「……昔」
 客の声に郵便屋さんと子どもが同時にそちらを向きました。
 客は子どもの顔を見下ろしています。どうやら彼は話すことにしたようです。それを悟った子どもも何も言わず客の顔を見上げました。
「嘘を吐いたんだ」
「それを謝りたいのか?」
「違う!……というよりわからないんだ」
 子どもは反論も同意もせず客の顔を見ています。無言で続きを待っているのです。
「嘘を吐いたとき、喜んでくれたんだ。だから僕もスッキリして、一生誰にも言わずにいこうと決めて……でも最近『これでよかったのかな』って思うようになってきて……そうしたらだんだん怖くなって……。スッキリしなくても本当のことを言えばよかったのかな……って」
「それで手紙を書いたのか」
 子どもの言葉に客は答えません。代わりに窓口のほうに向き直ります。そして上着の内ポケットから何かを取り出しました。郵便屋さんは黙ってそれを覗き込みます。
 それは手紙でした。白い半透明の封筒に赤い便箋が入った、少々目を引く手紙です。
「ここに出した手紙は必ず届くって」
「ええ、確かに……しかし一つだけ条件が」
「条件?」
「届くのは『相手が思い出したとき』なんですよ」
 客は誰にも気づかれないぐらいほんの少しだけ眉を動かしました。言われた主旨が掴み取れないのでしょうか、「思い出したとき……」と郵便屋さんと同じ言葉を繰り返します。
「相手がそのときの思い出や貴方自身を思い出したとき、そのときになれば手紙を渡すことができます。そのため配達などは行っておりません。あくまで預かるのみなんです」
「預かるのみ……」
 どうやら繰り返すことで自分を納得させているようです。郵便屋さんを見つめたまま客はモゴモゴと口を動かしていました。
 それを隣の子どもは黙って見上げています。
 郵便屋さんも客の顔を注視していましたが、やがて置かれた手紙に手を添えました。
「それではお預かりさせていただきます」
「俺はまだ何も」
 客の言葉に郵便屋さんは笑顔を見せました。来客相手の愛想笑いでも、しかし本心からの笑顔にも見えません。なんだか泣きそうな顔で笑っている、不思議な表情です。
「ここに入ることのできたお客様の手紙は、全てお預かりいたします」

「吐いていい嘘ってあるのか?」
 狐につままれたような顔をした客が外へ戻って行ったあと、子どもがおもむろに聞いてきました。
「さあねえ」
 郵便屋さんの返事はつれないものです。
「嘘は吐いちゃいけないって習ったぞ?」
「吐いていいかはわからないけど嘘より残酷な真実は存在すると、私は思っているけど」
 子どもは目を大きく見開いて郵便屋さんを見ます。
 郵便屋さんは預かった手紙を裏に表にとひっくり返しているところでした。何かを確認しているようです。
 カードマジックみたいにクルリクルリと返される手紙を、子どもも見つめます。
「その手紙、届いたほうがいいと思うか?」
 ここにきてようやく郵便屋さんは子どもに視線を移しました。
「君はどう思う?」
 郵便屋さんの返事に子どもはフンと鼻から息を吐き出します。
「あんた、いつも聞き返すな」
 そう言って子どもは手紙の山のほうへと向かい出しました。ソファの前までやってくると勢いをつけて座ります。会話はもう終了のようです。
 郵便屋さんは預かった手紙を再度覗き込みます。半透明の封筒。白い封筒の下から中の赤が薄っすらと透けているのがわかりました。
「透けた手紙、か……」
 郵便屋さんがポツリと呟いた言葉はどこにも届かないままそこから消え入りました。


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サークル名:夜半すぎの郵便屋(URL
執筆者名:能西都

一言アピール
暗めの話を基本軸に、怖い話や群像劇など色々書いてるオリジナル個人サークルです。こちらは次に出す新刊の番外編として書いてみました。本編も同じように郵便屋さんと子どもが(たまにお客さんも)ひたすら会話している物語になります。もし気になったら手に取ってご確認くださいませ。

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