正直者の日

正直者の日

いつもの朝。コタロウは目覚ましを止めて起きる。着替えを済ましてリビングに向かうと、すでに息子と妻は起きて朝食をとっていた。
「おはようあなた」
「おはよう父さん」
「おはよう」
 素っ気無い朝の挨拶。しかし今日は仕方ないのだ。それは二人ともわかっている。
朝食を食べながらテレビを見ると、毎朝やっている報道番組がやっている。しかしどことなくぎこちない。最新ニュースは一切なく、過去にあった事故や事件のテープをナレーション入りで紹介しながら流している。そして画面の下部にいつもはないテロップが大きく目立っている。
『今日は四月一日です!』
 そうだ。今日は四月一日だ。この世界に住む誰もが恐れおののく、四月一日だ。ちょうど出勤時間になるので、コタロウは出かける準備をし始める。もう一度テレビに目を向けると、ちょうどCMのタイミングであった。とはいえ、今日はどのテレビ局もほとんどのCMが休止で、ほぼ一つだけになるのだが。
『世界にお住いの皆さま、世界政府からのお知らせです。本日は四月一日です。世界政府公認の『正直者の日』です。皆さま、本日はどんな小さな嘘も罪となります。嘘は罪です。皆さま、心を開いて、正直に生きましょう。世界政府はどこでもどんな時でもあなたの側にいます。正直で、平和で、平等な世の中を目指して。世界共通公共放送機構でした』

ルールを守って正しい一日を!
一.嘘は言ってはいけない
二.人の問いかけには無言ではいけない
三.不特定多数への宣伝もこれに該当する
四.書籍、文書も該当する。ただし、対象は当日に販売もしくは発表されたものに限る
五.現時点で確認できない将来的な事象は、監視案件として今日以降も監視される。
六.相手の回答に疑問がある場合は、真偽依頼を出せば数日以内に結果を公表する。
八.罪を犯した者は大々的に発表され、断罪される。

 今日は正直者の日。どんなに小さな嘘でもついたものは、裁かれる。町中に設置されている世界政府公認の集音マイクで逐一確認されている。だから、みんな余計なことは口に出さない。世界が一番静かになる日だ。忘れるわけもないのだが、ルールにざっと目を通して、カバンを持ち玄関を出た。

 いつもの通勤電車。乗客はいつものように満員の圧に耐えていることは変わらないが、車内アナウンスは今日専用にきちんと切り替えてある。電車内の宣伝広告もそうだ。効果の怪しい物はすべて断罪対象だ。だから、ほとんどは政府広報になっていた。
「痴漢!」
 不意に車内に女性の声が響く。目を向けると、若い女性が興奮して周りを見渡している。
「今私のお尻を撫でまわしていたのは誰ですか!正直に言ってください!」
 普通ならそんなことを言っても犯人は逃げようとするだろう。しかし今日は違う。ここで逃げるということは、さらなる罪を犯すこととなる。
「……私です」
 女性の右横に立つ初老の男性は、右手を挙げながらうなだれて答えた。
「あなただったの!満員電車でいつも触っていたのは!」
「い、いや違う。いつもではない」
「じゃあどれくらい」
「三日に一度くらい……」
「ほぼいつもじゃないの!」
 男性は次の駅で警察に連行されていった。その時の警察官との会話が聞こえたが、なんだかなあというところだ。
「しかし、なんでこんな一番危ない日にまでやるんだか」
「いや、その、スリルがたまんなくて……つい」
「はあ、呆れるよ」

 騒ぎには巻き込まれたが、どうにか遅れずにコタロウは会社に着くことができた。始業時間になると、早速上司が今日の注意事項を発表した。
「本日だが、年に一回の『正直者の日』である。取引先や営業、顧客との会話でその場しのぎの嘘や口約束をしないように注意してくれ。以上だ」
 仕事が始まると、早速コタロウに電話がきた。取引の得意先だ。
「どうもお世話様です。注文の品の納品が遅れているようなのですが、どうされましたか」
「ああ、それですか。実はこちらで手違いがありまして、少々遅れております」
「そうでしたか。ところで手違いというのは」
「ああ、ええと、実は私の注文ミスでして」
「何をしているんですか!急いでと言っていたじゃないですか!」
「すみません、本当に」
「もしかして、これまでもあったのですか。同じようなこと」
「……何度かありました。申し訳ありません」
 先方が溜息をついているのが聞こえる。いつもならうまくごまかすのに、今日ばかりはそれができない。なんて面倒な日だ。そう思いながら、タイチは電話に向かって頭を下げながら謝罪の言葉を続けた。

そのころ、息子は学校で授業中であった。今日の影響は学校でも、学生同士も警戒して最低限の話しかしない。約束事や、貸し借りの話なんてもってのほかだ。さらに、授業にもその効力は効いている。
「今日の現代文の授業は読書の時間にする」
「先生、何でですかー」
「そこを聞くなよ、意地悪だな。現代文の作者の気持ちを考えるって、本当かどうかわかるはずないだろ」
「じゃあなんでいつもはやるのさ」
「文章から読み取るって能力のためだ。受験でも使うからな。ただ本当にそうかどうかは作者がハッキリと発表しない限りはわからんよ。嘘を教えることになる」
 嘘、という単語に教室が少しざわっとなった気がした。先生は続けて話す。
「大体作家の考えなんて本人にしかわからんからな。面白い話で、ある作家が自分の子どもの授業で、その作家の作品が宿題に出て『作家がこの部分を書いているときの気持ちを書きなさい』という問いを子どもに聞かれて『締め切りに追われて必死だった』と言ったら、子どもは不正解もらって作家に文句言ったそうだ」
その話で教室に笑いが起こった。その後の授業も、ほとんどの教師が警戒してまともな授業は行われなかった。

 そうして世界中が自身の言葉に気を付けながら、静かに時は進んでいった。やがて、コタロウの会社の終業ベルが鳴る。
「ああ、今日は余計な仕事がなかったはずなのに妙に疲れたな」
周りも余計な話や受け答えがでないうちに帰ろうと、みんな急いで退社していく。静かな今日はこれ幸いと残業して仕事をする変わり者も少数いるようだが、コタロウはさっさと流れに乗って会社を出た。
帰る途中、駅前が異様に静かなことに気が付いた。普段は大型スーパーとパチンコ屋が宣伝のナレーションと音楽を大音量で流しているのに、それを止めているからだ。今日は誇大な宣伝も嘘とみなされるのだ。それはそれで、いつもの街並みが新鮮に感じた。こんな日もたまにはいいか。そう思えた。
「ただいま」
「おかえりなさい」
自宅に帰ると、すでに二人とも食卓に着いていた。食卓の上には、まるでお祝い事の日のように美味しそうな料理が並んでいた。
「すごいねこれ。今日はどうしたの」
「ふふふ、毎年恒例でしょ。食品の産地とか種類とか、本当のことが書かれるから良い物も選んで買えるし、怪しいものは安く値切って買えるのよ」
「ああ、そうだったね」
「すげえや母さん」
「ふふ、ありがとう」
 コタロウも席に着き、家族三人で楽しい団らんの時間となった。テレビは相変わらず面白くないし、話も探りながらなので弾みにくかったが、コタロウはこんな日も悪くないな、と思っていた。これで今日が終われば、そうなるはずだった。寝る前の時間、妻からの話がなければ。
「あなた。息子も大きくなったし、今日こそは聞かせてもらいます。今付き合っている女性はいるの?それと、私に隠しているお金、あるんじゃないですか?正直に、教えてくださいな」
 やはり、『正直者の日』なんて、なくなればいい。コタロウは心の中で叫んだ。

『ポーン。零時零分です。四月二日になりました。これを持ちまして、世界政府公認『正直者の日』を終了といたします。なお本日、不正を働いた罪人は全世界でおよそ一億人でした。罪を犯した者への罰はこれより順次発表していきます。より良き世界のため、これからも嘘のない世界作りをしていきましょう。世界政府公共機構でした』

世界のどこか、とある国の大統領が、テレビを見ながら溜息をついた。側に立つ秘書が
声をかける。
「どうしたのですか大統領、そんな溜息ついて」
「なんだかな、今日が終わったことを世界ではすごく喜んでいるようでな。設立に携わったものとしては寂しくて、な」
「まあ仕方がないでしょう。制度上、その場凌ぎのリップサービスも命取りになる日ですからね。一般市民にしたら暮らしにくいでしょう。当然、私たち国の代表者もですが」
「わしの秘書なのに正直に言ってくれる。さらに凹むよ」
「あなたの秘書だからでこそ、ですよ。大統領。正直者になると、こうなりますよ」
「まあそうだな。ただ、わしはこんな締め付けの苦しい世界じゃなく、言いたいこと言い合って胸の内を出し切ってしまったほうが、他人との距離も近くなると思ったのだがなあ」
「人間、本音ばかりでは上手く行きませんよ。嘘や建前も、時には大事かと」
「いや、それでも嘘はいかん。そもそも、世の中自分の言葉に無責任な輩が多すぎる。その場その場でごまかしたり、平気で嘘をついたり。それがその言葉を聞いた人間をどれだけ惑わしているか、あまりに無自覚すぎる。言葉の重みを感じるべきなのだ」
「その結果、重すぎてみな苦労しているようですが」
「だから、まさかここまでとは思わなかったのだ。はあ、今日はもういい。先に帰っていいぞ。わしはもう少しここにいる」
「それではお先に失礼します」

「こんなはずではなかったのだけどなあ」
ぼそりと大統領が呟いたのが秘書に聞き取れた。
『正直者の日』は終わっているため、先ほどの会話の内容で大統領を真偽依頼にはかけられない。しかし、秘書は本当に大統領の正直な気持ちだったのだろうとは思った。
ただ、呟いた言葉は何に対しての「こんなはずではなかった」だったのか、それはわからないままである。


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サークル名:城東ぱらどっくす(URL
執筆者名:病氏

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