桜木草のお茶会

「だからね、もうじき宇宙人による地球侵略が起こるのよ」
「はいはい、それは『嘘』なんでしょ。スミレ、いい加減それ飽きた」
 目の前のお嬢様は頬を膨らませて「嘘じゃないわ」と言う。この一連の流れを多分十回は繰り返したはずだ。正確には覚えてないけど。数えてないし。
 今日はエイプリルフール、お互い嘘を吐こうと昨日約束をしていた。彼女の嘘に、私は最初こそもう少しマシなリアクションをした。何となく、そうしないといけない気がしたから。
「わたくしはユカリさんを守りたいの。ここを出れば、ユカリさんは死んでしまうから……」
「いやいや、どう考えてもおかしいでしょ。今日だって普通に起きて、普通にご飯食べて、普通に学校行って――あ、スミレ今日休みだったね。ここにいたんだもんね」
 帰宅途中、滅多にお目にかかれない高級車が目の前で止まった。そしてスーツの男性に取り押さえられ、その上ご丁寧に目隠しをされ、『ここ』に連れられた。
 雑誌でしか見たことがない、高級ホテルのラウンジようなカフェ。大きな窓には不釣り合いなカーテンがかけられており、外がまったく見えない。広過ぎるその空間には数名のスタッフと思われる大人と――
 ど真ん中のテーブルで、優雅にアフタヌーンティーを楽しむスミレがいた。

「あーあ、せっかくスミレに嘘を吐こうと思ってたのに。学校でしか出来ないのに」
「あら、どんな嘘を吐こうとしたのかしら?」
 スミレはやんごとなき家系のお嬢様だ。具体的には教えてくれなかったけど、学校での教職員の対応や普段の生活は私達平民とかけ離れている。そんなスミレお嬢様が、なぜ私を……私だけを友達としているのか、それも教えてくれない。
「『今日の実験ではカエルを解剖するんだって』」
「えぇ……ユカリさん、もっとマシな嘘を吐いてくださいな……」
「待って、それ私の台詞だから」
 想像してしまったのか、心底げんなりとした表情を浮かべるスミレに思わず言い返した。彼女はそんな表情でも可愛い。容姿に恵まれている人間は本当に得だな、と少し妬んでしまう。
 ――『ここ』でスミレと会った時、彼女は開口一番私に言ったのだ。
 もう大丈夫よ。ユカリさんは死なせないわ。ここにいれば、ずーっと安全よ。
「……スミレ、あのさ、なんでこんな嘘にしたの?」
「嘘?」
 十回くらい繰り返したやり取りを忘れたとは言わせない。テーブルの上には綺麗な花――桜木草、とスミレが教えてくれた――とこれまた雑誌でしか見たことがない、三段になっている豪奢なお皿がある。そこから勝手に焼き菓子を取って咀嚼した。美味しい。なんだこれ。
「スミレの言う『宇宙人による地球侵略が始まるからここにいて』だよ。わざわざこんなところに連れてくるし」
「それは嘘じゃないわ。本当よ。現時刻は午後六時十八分。侵略開始は午後六時三十分。人間は一人残らず殺されるの。だから、それが終わるまでここにいてちょうだい」
「もうどこから突っ込んでいいのかわからないよ……」
 頭を抱える私に、スミレは「どうしたら信じてくれるのかしら……」と溜め息を吐いた。溜め息を吐きたいのもこっちだ。
「大体、今日はエイプリルフールだから嘘を吐こうって約束してたのに、そんな壮大な嘘を吐いたあげく本当だって言われても、ねぇ」
「……そうだわ! 今日はエイプリルフールだったのね! わたくし、すっかり忘れていましたわ……どうりでユカリさんとの会話が合わないはずね……」
「そこからぁ!?」
 いや、それでもこんなよくわからない誘拐されても困るんだけど。

 スミレお嬢様いわく――今頃宇宙人が地球に押し寄せ、人間たちを殺戮しているらしい。ここでは圏外のため機能の九割は役立たずになったスマホを見る。もう七時になろうとしていた。スミレの言うことが事実なら、とっくに世界は地獄絵図だろう。
「で? そのことを私に伝えるためにここに連れてきて、嘘を吐く約束を忘れてたの?」
「そうですわ。わたくしたちはその情報をこの地球上の誰よりも持っているのよ。必要な人間の救出、隔離はすでに行い、最後がユカリさんだったの」
「なんで……私、なの?」
「なんでって、友達だからに決まっているでしょう?」
 そう言ってスミレは綺麗に笑った。それはもう綺麗に――禍々しくも綺麗に。背筋が凍るというのはこういうことなんだな、という感覚が身体に走り、私は慌てて立ち上がった。衝撃でお皿からマカロンが転がり、桜木草が頼りなく揺れた。
「え、っと……帰るね。そんな話、信じられないよ。やっぱりさ、それがスミレの『嘘』なんでしょ? ウチュウジンガーとかあり得ない。大体そんな情報、ニュースにだって流れてない」
「当然ですわ、教えていませんもの。だからこれは地球上では誰も知らない情報で――」
「なんでそれをスミレが知ってるの? もうその時点でおかしいでしょ! そんな嘘を必死に吐いて楽しいの!?」
「ユカリさん、待って、聞いて……!」
「うるさいなぁ! スミレとは絶交だからね! 嘘だって認めるまで友達やめる!!」
 慌てるスミレが鬱陶しくて、私は勢い良く叫んだ。本気で絶交するつもりはなかった。ただ、「嘘吐いてごめん」と謝ってくれたらそれでよかった。
 よかった、のに。
「……わかったわ……もう友達じゃないのね……わたくしたち……」
 ぽろぽろと涙を零して、スミレは呟いていく。今度は私が慌てる番だった。
「え、ちょっと泣かないでよ……、元はといえばスミレがそんな『嘘』を必死に続けるから……」
 彼女は泣きながらウェイターのような男性を一人呼び寄せ、小声で何かを伝えた。男性は一つ頷くと私の方へ歩いてくる。
「お帰りになるのでしたら、外までお送りいたします」
「……はい、ありがとうございます」
 帰りたいのは本心だ。スミレの『嘘』のせいで帰宅が遅くなったし、家族が心配しているだろう。
 ラウンジから出る時、スミレが私の背中に声をかけた。
「ごめんなさい、ユカリさん……あなたを守れなくて……」
 その設定まだ続くんだ。呆れた私は返事をせず、彼女に振り向くこともしなかった。

 長い廊下を歩く。赤いカーペットが敷いてあり、左右の壁には他の扉が一切ない。言い知れぬ不安と違和感が身体にまとわりついている中、男性の後ろを私は歩いて行く。
「――ユカリ様、よろしいのですか?」
「え? 何が? スミレお嬢様のこと?」
 男性は答えない。なので、私は勝手に「スミレと喧嘩したままでいいのか」という意味だと解釈した。
「うーん……ま、明日また学校で会うし……スミレ来るよね?」
 やはり答えない。なので私は独り言のように喋るしかない。
「絶交って言ったのはまぁ、ちょっと私も考えなさすぎだけど。あれはスミレが悪い!」
 悪い、と言い切ってももやもやするのは収まらない。男性は再び「よろしいのですか?」の私に問うた。
「良いも悪いも、喧嘩だってするよ、友達だし……。明日になったら、こっちも言い過ぎてごめんって謝る」
 そう話しているうちに、大きな鉄製の扉の前に来た。
「押せば開きます。ですが、ここから先は、もう誰もあなたをお守り出来ません。よろしいのですか?」
「え? その設定あなたも使うの?」
 肩がコケた気分だ。男性はやはり、何も答えなかった。
「スミレに伝えといて。また明日学校で。今度はもっとマシな『嘘』を吐いて。って」
 男性は了承してくれたかわからないけど、私は確認せずに扉を押す。重そうな見かけのわりに、それは呆気なく開いた。
 外に出て、あまりの暗さと静けさに私は首を傾げた。裏口から出たのだろうか。そもそもここどこ? 必死に記憶をたぐり寄せるが、いまいちピンとこない。
 スマホはまだ圏外を示している。適当に歩いていたら復活するだろう。そう思って私は足を動かした。
 一歩。
 二歩。
 三歩。
 四歩、の時に水滴が頭と顔に当たった。続いて近くでぴちゃんぴちゃんと音が聞こえる。
「え? 雨? 今日から数日快晴って言ってたのに」
 今朝の天気予報だから間違いはないはず。訝しげに顔を上げたら、そこには――得体の知れない巨大な何かが、何かを引きちぎっていた
 ぴちゃん、とまた落ちる。それは赤くて、水ではなくて、ぶちぶちと千切れたものは――足の――ような――
「――――!!」
 悲鳴を上げることなんてできなかった。

「お嬢様、実験体候補のユカリ様が死亡しました」
「早かったわ。この辺りはもう済んだからみんな他所に向かったかと思っていたのに」
 スミレは新しいティーポットから紅茶をカップへ注ぎ、優雅に口を付けた。先程までの取り乱しが嘘のように落ち着いている。細い指がテーブルの上の桜木草に伸び、気怠げに触って溜め息を吐いた。
「わたくし、嘘は言ってませんわ。信じてくれたら、あなたは生き残れたのに……残念だわ、ユカリさん」
「代わりの実験体候補を探しますか?」
「ええ。誰でもいいわ。適当にユカリさんくらいの歳の女の子を連れてきてちょうだい」
 本当なら『友達』というエネルギーを調べたかったが仕方がない。自分以外にも『友達』を実験体にするべく連れてきた同志はいる。モデルは減るが問題はない。
「『嘘』、ねぇ……わたくし、ずーっと嘘を吐いていたわよ? あなたは疑いもしなかったけど」
 今まさに地球上で殺戮を行っている宇宙人――その王女たるスミレはにんまりと口元を歪ませた。
「『友達』なんて一度も思ったことないわ。そうね……たまたま選んだのがあなただっただけよ、実験体ユカリさん」
 ティーカップの紅茶には、ユカリが見たであろう得体の知れない何かとそっくりな姿が映っていた。


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サークル名:ブックシェルフ病棟(URL
執筆者名:鈴藤サキ

一言アピール
追加枠に滑り込みました、ブックシェルフ病棟と申します。気が付いたら暗い作品ばかりになっていることに定評のあるサークルです。おかしいな……明るい物語を書いているはずなのに、どんどん暗くなっていくんだ……。それでもいつか、底抜けに明るい物が書けると信じています。ええ。信じていますとも。

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