白いカーネーションを添えて

白いカーネーションを添えて

 今日はどうですか?
 体に不調はありませんか?
 ……ふふ、毎日同じことを訊いているとお思いでしょう? すっかり口癖になってしまいました。でも、日ごと日ごとに込める意味が多くなりました。
 貴方の目、貴方の髪、貴方の肌。
 なにひとつ欠けないように祈ることが私の幸せです。貴方を形作るすべてが愛しく、また、いと惜しいのです。
 少し、昔話をしてもいいですか?
 語らねば語らねばと思いながら、ずっと先延ばしにしてきました。貴方の母の、ひいては私の恋の話です。
 私が貴方のおじいさんと出会ったのは、もう五十年ではききません。あれはそう、私がまだ十代の娘の時分のことでした。
 あえて言うなれば、私は人ならぬ恋をしました。文字通り、相手は人ではなく神様だったのです。私たちの血と才を受け継いだ貴方なら、今更多くを語らずともわかってくれるでしょう。
 あの頃の私は、なにも知らぬ小娘でした。
 人の親になるという自覚も、神の伴侶となる意味もわからぬまま、ただ恋と愛に溺れる毎日でした。
 最初に断っておくと、私は恋をしたことも、あの方を愛したことも、間もなく貴方の母を授かったことも、悔いてもいなければ恥じてもいません。今なお心を満たす幸福は、常にあの方のことばかりです。
 それでも、後悔する出来事がなかったわけではありません。私がもっとしっかりしていれば、私にもっと力があれば……そう感じないわけがないのです。
 自嘲、とも。
 自虐、とも。
 甲乙つけがたい感情に、今もまだ囚われてしまいます。
 私の中のあの子の姿は、七歳の誕生日で止まったまま。それが今生の別れになるとは知らないで、少しの間遠くに行くだけだからと、気安い別れでした。さようならもまたねも言わずに、ぐずるあの子を送り出しました。
 酷い母親です。
 恨まれても仕方ありません。
 簡単には会いに行けないからと、役目を放棄するわけにはいかないからと。言い訳を続けているうちに十年がすぎました。
 七歳の子供は十七歳の娘になって、恋を知りました。
 奇しくも、私と同じく神に愛されたのです。
 幸運か、不運か。
 そのことを私が知ったのはずっと後のことで、私が経験してきたあれやこれやを伝えることはできませんでした。何もかもが遅きに過ぎたのです。
 あの子はきっと、夫に勧められて嫌々手紙を書いたのでしょう。ただ一言。子供が産まれました、とだけ書かれた手紙に腰が抜けるほど驚いたのを覚えています。
 そして、それがあの子の最期の言葉になりました。
 なぜ、人の死は平等にやってこないのかと、せめて親である私が先に死ぬべきであろうとあの方を責めました。神であるあの方は何もかも承知でいたでしょうに、私には何も告げてくれなくて。
 あの大災害を、ただの記録として忘れようとしても、忘れられるわけがないのです。私があの子を手放したのは、戦地へ赴く私の側よりは安全だろうと、そう決断したからです。
 なのになぜ、高層ビルが建つくらい『安全』を積み上げた場所で、あの子は死んでしまったのでしょう。あの子だけではありません。千とも二千ともつかぬ人々が虐殺されました。
 だから私は、古い友人が報せてくれるまで、貴方が生き延びたことを知らずにいました。
 気の遠くなるほどの日々を、娘と孫の追悼に費やし、抜け殻になった私に、あの方は優しくしてくださいました。
【いずれ、わかる】
 と。
 貴方が生きていることを知ったのは、貴方が七歳の頃でしょうか。
 神に愛された娘の産んだ、神に愛された子供ですもの。そこら中の神々から惜しみない愛情を注がれ健やかに育っていると聞かされて、感謝に咽び泣きました。
 すぐにも貴方の前に跪いて許しを請わなければなりませんでした。そして手元に引き取って共に暮らしたかった。けれど、友人は貴方を実子として養育すると言いました。貴方が「母」と呼ぶ、彼女です。
 神の子に、人の世で言う戸籍は認められていませんから、彼女が未婚の母という不名誉をかぶることで、貴方は一人前の人間として認められることになりました。
 彼女のことを恨めしく思ったことが、ないとは言いません。私がまだ一度も、ちらとも見たことのない孫と仲良く暮らしていたのですから。
 でもそれ以上に、目や髪の色、得意不得意、好きな食べ物嫌いな食べ物、数え切れない情報を細々と教えてくれて、貴方が側にいるような気がしました。
 何といっても、まさか貴方が私と同じ役目につくことになるとは思わなくて。あまりのことに心臓が止まるかと思いました。
 神に仕え、神と共に戦場を駆けるこの役目を、貴方はどんなふうに聞いて育ったのでしょう。彼女のことですから、そこまで美化はしていないと思いますが、やはり命を懸けることになる危険な仕事です。
 それを選んだ貴方を誇らしくも感じ、憐れにも思います。
 貴方が独り立ちをした十四歳の春の日。彼女の庭には遅咲きの桜が満開になっていて、まるで貴方の門出を祝福しているようでしたね。
 あの日初めて、私は貴方の姿をひと目見ることが叶いました。祝いの使者に化けて、仮面の隙間から覗いた貴方は凛々しい若者でした。祖母だと、名乗り出るつもりは毛頭ありませんでした。ただ、ひと目、見ておきたかったのです。
 私が守りたかったもの。
 私が守るべきもの。
 見失いかけた希望を貴方の中に見出したかったのです。
 貴方は、祖父であるあの方によく似ていました。血の繋がりが、連なりが、どんな因果か働いたおかげで、私は何年経っても貴方を見間違えることはないでしょう。貴方がどんなに年を重ねても、きっとひと目でわかります。これを愛と言わずして、なんと言うのでしょう。
 風の噂に貴方の活躍を聞き、年甲斐もなく「負けられない」と意地を張ったり、貴方が結婚して子供を設けたと聞いて、思わずお祝いに駆けつけようとしたり。
 打ち上げ花火のように嬉しいことが続きました。人生で二番目くらいに幸せな時間でした。
 そう、……打ち上げ花火のように、最後は垂れて消えるのです。
 なぜ、私ではなく。なぜ、戦地へ赴く私たちではなく。
 子供を残して奥方が亡くなったこと、その子供のためを思って手元から離したこと、まるで使い古された作り話のようでした。
 貴方の心が痛いほどにわかります。それでも立ち止まることの許されない役目のことを、初めて疎ましく思いました。どうか、貴方を愛する神々が、貴方を独りで泣かせませんように。叶うものなら側に行って抱きしめてあげたかった。
 もう失うものはこの命くらいだと言うのに、その命が私と貴方を隔てている。
 良いことがあれば悪いこともある。
 貴方に逢いに行きたくてたまらないのに、戦で負った傷から入り込んだ病に蝕まれたこの体では、もはや近づくことすら許されない。
 もっと早くに心を決めるべきでした。
 溢れる愛の行く宛を、失う前に。
 だから私は手紙を書くことにしました。もう何通も、何十通も書きました。
 貴方はここまで読んでくれるでしょうか。こんなに沢山の手紙が一度に届くのですもの、読むのには時間がかかるでしょう。もしかしたら、最初の一通目で止めてしまうかもしれませんね。燃やされてしまうかも、あるいは貴方の子供の代になるまで未開封のままかも……それも、良いでしょう。
 でも、あの方に似ている貴方は、きっと最初から全部読んでくれるような気がするのです。思いつくがままに書き連ねられた出来事を、ひとつずつ丹念に拾い上げてくれるのではないかと、そんな夢を見るのです。
 この手紙の束は、私が死んだ後、貴方が死ぬ前に届けてくれると約束をしてもらいました。一体、今の貴方は何歳なのでしょうね……?
 もはや手紙なのか遺言なのか、自分でもわかりません。ただ、貴方のためになにかしたかった。それだけなのです。
 私の人生は、なにが起きるかわからないお祭りのような一生でした。辛いことは私がすべて持って行きますから、貴方は貴方のお祭りを、どうかゆっくりと楽しんできて下さいね。


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サークル名:黒川庵(URL
執筆者名:黒川うみ

一言アピール
書きたいときに、書きたいものを、好きなだけ書く……という創作を続けています。小説だったり詞だったり、割と無節操です。近頃は歩く死亡フラグなんて呼ばれています。死ネタ鉄板です。過去作品の無料公開もしています→http://kurokawaan.com

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