踊れ生命、回れスーパーボール

 怒り心頭に発したら、明かりを消したお風呂に入ることにしている。闇の中でかたく目を閉じていると、怒りは燃えさかる炎から静かな石炭へと変わる。消えてなくなりはしないけれど、化石燃料なら地層に埋めて忘れたふりをすることはできる。
 その日、わたしは浴室にスーパーボールを持ちこんでいた。帰り道、路傍に転がっていた半透明の青いゴム球。おそらく屋台の景品だ。どこかの子どもがうっかり落とすか、飽きて捨てるかしたのだろう。
 わたしの浴衣と同じ色をしていた。
 だからだろうか? なんとなく、見過ごすことができなくて、欲しくもないのに持ち帰ってしまった。
 手慰みに、わたしはそれを浴槽に投げこんだ。
 とっぽん。
 ゴム球は、闇のプールに一度沈んで、それからゆっくり浮かびあがった。そうして、くるくる、回転をはじめた。回るだろうとは思っていたけど、想像以上によく回った。
 スーパーボールは、孤独でしかたなかったのだと思う。町じゅうが浮き足立っている盆踊り大会の夜に、薄暗い路上でひとりぼっちにされるのはつらい。
(お祭りなんかくそくらえだよね)
 待ち人にすっぽかされて同じ境遇を味わったばかりのわたしには、スーパーボールの気持ちが手に取るように理解できた。
 理科の教科書にも載っている通り、引力の正体はさみしさだ。スーパーボールは強力な力場を形成し、湯船をただようチリやホコリ、疲労感を手あたり次第に引きよせた。ひと坪足らずの浴室で、それはみるみるうちに大きく育った。直径二十五ミリの球体から、一万二千キロメートルの天体へ。成長。膨張? わたしはこの星を地球と名づけ、しばらく観察することにした。
(どうせ今夜の予定はパアだし)
 数億年の時が流れ、深い海の一角で最初の生命が誕生した。ハッピーバースデイ。初期の生命はちっぽけだったが、体のつくりが単純なぶん、生きることへの渇望は、後世のどんな生物よりも鮮明だった。単細胞生物たちは、ふくらみ、わかれ、くっつき、はなれて、どんどん姿を変えていった。
 カンブリア紀になるころには、海中は多様化した生命であふれんばかりになっていた。この時代の生き物は、アノマロカリスとか、オパビニアとか、友だちとしてつきあうにはちょっと癖の強すぎる連中が多かった。海底には、背中のトゲを逆立てたハルキゲニアがびっしり。うっかり踏んだら涙目くらいじゃ済みそうにない。
(にぎやかなのはいいけど、ひとりぼっちになれる場所がないのは、結構しんどいんじゃない?)
 わたしが抱いたのと同じ懸念を、スーパーボールも薄々感じていたのだろうか。まもなく、せきを切ったように生息圏の拡大がはじまった。そう、陸上への進出だ。まず植物が、続いて動物が、われ先にと地上を目指した。
 脱衣所に置きっぱなしのスマートフォンが、ピロリン、ピロリンと通知音を鳴らして、かまってくれとやかましい。その音色に呼応するように、地上では新しい種が産声をあげていた。
 ピロリン♪ シダ植物。ピロリン♪ 昆虫。ピロリン♪ イクチオステガ。ピロリン♪ 恐竜。
(恐竜!)
 恐竜時代の素晴らしさは目をみはるものがあった。根にもつタイプのわたしでさえ、このときばかりは、あいつのいい加減な台詞や、食べ損ねたベビーカステラ、おろしたての浴衣のことでクヨクヨするのを忘れて、繰り広げられる大スペクタクルに夢中になった。恐竜たちは陸・海・空をわが物顔で席巻し、激しく争い、競いあった。五メートルを超える翼を持つもの。強靭なあごで噛みつくもの。岩よりも固い鎧で身を守るもの。うーん、ダイナミック。
 脱衣所のスマートフォンが、今度は着信音を響かせた。
(うるさいなあ)
 いま、いいところだったのに。飢えたアルバートサウルスがよだれを垂らしてエドモントサウルスの子どもに飛びかかるシーンに後ろ髪を引かれつつ、わたしは脱衣所に身を乗り出した。液晶画面を確認する。
 そうして電話はとらないまま、着信音だけをオフにした。
 ふたたび浴室に視線を戻すと、恐竜たちは絶滅していた。
(いったい何が起こったの? ほんのすこし目を離した隙に……)
 地球環境は一変していた。地上にはおそろしい爆発の痕跡が残され、空はいちめん灰色の雲で覆われていた。降りそそぐ酸性雨。充満する死の気配。わたしは悟った。巨大隕石が衝突したのだ!
 大量絶滅はこの時代以前にも幾度かあった。だが、恐竜たちを襲った不幸はひときわショッキングだった。スーパーボールもつらかったのだろう。浴室に無音の悲鳴が反響したのを、わたしは聞き逃さなかった。
 それでも、かれは回転を止めなかった。まっくらな浴槽の中心で光るかれの姿は美しかった。ゴムボールというより、まるでガラス細工のよう。わたしはだんだん勘づきはじめていた。スーパーボールは、何らかの意思をもってこの天地創造をおこなっている。かれと、かれの育む生命には、目指すべきゴールがある……?
 その後も、地球上ではさまざまな種が繁栄し、滅びていった。白亜紀末期の大量絶滅をまぬがれた動物たちは、以前よりも用心深く、以前よりもずる賢く、それぞれの道を歩んだ。
 ヒトの時代は、まるで早送りの映像を見るようだった。
 最初にサルの仲間が草原の上をよちよちと歩きはじめたとき、その手にはまだ木の枝しか握られていなかった。ところが、わたしがちょっと海中に目を向けて、クジラの祖先の泳ぎぶりを眺めたり、空を見あげて、色鮮やかなコンゴウインコの群れにため息をついたりしているうちに、ヒトはいつの間にか枝を捨て、その手で剣をふるっていた。
 火が、地上に撒かれた星くずのように、いたるところにきらめいていた。集落のかがり火。祭壇の火。放浪する部族の焚き火。そして、いくさの火。ヒトの群れは夜をおそれ、決して火を絶やさなかった。争いの火種もまた、一度たりとも絶えることはなかった。
 最初のうちは、食べ物や、豊かな土地をめぐっての戦争が多かった。でも、だんだんと、わたしの目には見えないもののために流される血が増えてきた。神さまのため。権力のため。あの世で今よりしあわせになるため。
(わあ、まいったなあ。これはきつい。ハダカで見るもんじゃないぞ)
 ハダカじゃなくてもきついだろうけど。
 戦争、戦争、また戦争。飽きることなく、人類は悲劇を積み重ねた。アレクサンドロス大王がエジプトを征服し、チンギス・カンが中央アジアをまる呑みし、ナポレオンがヨーロッパを切り裂いた。古代から中世へ、近世から近代へ、そして現代に至るまで、数えきれない戦いがあり、数えきれない涙が流れた。刃は銃に、騎馬は戦車に姿を変えて、より効率よく命を刈りとるシステムができあがってゆく。
 胃液が喉元までせり上がってきて、わたしはえづいた。
(もうやめて!)
 これ以上は見ていられない。わたしが風呂場を出ていこうとした、そのときだ。薄暗い浴室で、思ってもみなかったことが起こった。洗い場の壁に取りつけたプラスチック製のラックから、石けんやスポンジ、シャンプーハットやリンスのボトルが次々と飛びだして、わたしの後ろで踊りはじめた。思い思いのステップ、思い思いの振り付けで。
<アッ、ソレ! アッ、ヨイショ!>
(どういうことなの!?)
 時を同じくして、地球から流れ出す、民族音楽のメドレー。
 そうだ。人々はいつも涙に暮れていたわけではなかった。目をこらしてよく見れば、悲しみの影を背負って、それでもなお楽しそうに、ヒトは踊っていた。瓦礫と化したステージでサンバを。貧困にあえぐスラムでサルサを。生まれてくる子どもを思ってワルツを。コサックダンスを。タンゴを。ケチャを。フラメンコを。死者を悼み、勝利を記念し、平和を誓い、豊作を願い、愛を語り、酒を飲み、それぞれが信じるものに祈りを捧げて。
 ヒトはお祭りをしていた。
 ジェットコースターのように加速する人類の歴史と足並みを揃えるように、スーパーボールの回転は、いよいよ熱を帯びてきた。クライマックスの予感がする。
(もしかして……!)
 スーパーボールが何のために回っているのか、わたしはふいに気がついた。あわてて自分の住む町を探す。大陸から島国へ、駅前から町中へと視線をすべらせていくあいだにも、時間は急流のようにはしった。木造家屋が解体され、コンクリートのビルがカイワレのようにニョキニョキ生える。あぜ道は舗装され、線路は伸び、世界はどんどん“今日”に近づいていく。
 <ドッコイショー! ハー、ドッコイショ!>
 踊り手募集のビラが紙吹雪のように路地を舞う。市役所そばの公園に、ヒノキのやぐらが組み上がる。
 打ち上げ花火の爆発が、時を告げる鐘のように、夏の夜空にとどろいた。
 数時間前に終わったはずの盆踊り大会が、今、もう一度はじまろうとしていた。くるくる回る、ちいさなちいさなスーパーボールの地表の上で。
(あなたは、今日の盆踊り大会をやり直すために、生命をいちから再現したのね? せっかくのお祭りを楽しめなかった、わたしとあなた自身のために)
 スーパーボールは答えない。ただスーパーな回転を続けるだけだ。
<ドッコイショ! ア、ソレソレソレソレ!>

   *

 浴槽の上に再現された世界では、あいつはちゃんとわたしを迎えにやってきた。ふたりはすこし照れながら、手をつないで、盆踊りの会場へと歩いていった。
 もちろん、途中で青いスーパーボールを拾った。

 お風呂からあがったわたしは、すっかり沈黙したスマートフォンを握りしめて、自室のベッドに寝転んだ。
 思いつくかぎりの罵詈雑言と、仲直りのフレーズが、いつでも発射できる状態にセットされているのを確かめてから。
 着信履歴の先頭に並ぶ名前に、そっと人差し指を触れた。

(おわり)


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サークル名:おとといあさって(URL
執筆者名:らし

一言アピール
SFのような、童話のような、寓話のような、そのどれでもないような物語を書きます。そして、本のような、本ではないような、いろんなかたちの製本をしています。

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コメント

  1. 納豆 より:

    >スーパーボールは、孤独でしかたなかったのだと思う。町じゅうが浮き足立っている盆踊り大会の夜に、薄暗い路上でひとりぼっちにされるのはつらい。
    (お祭りなんかくそくらえだよね)

    のところに、読んでいて、お祭りワッショイ!! とテンションが上がりました。なんとなくスーパーボールを身近に感じて、「わたし」の胸中のセリフに、よくぞ言ってくれました! と思うことで、逆にお祭りワッショイ!! な気持ちになったみたいです。

    >引力の正体はさみしさだ。
    に引き込まれそうになりました。引き込まれてはいけないような、でも引き込まれそうな。引力……! と理屈ではないところで感じて、続きが気になり読みました。

    スーパーボールが天体になったところ、スケールが早大になったところに、おおおお!!! と思いました。「地球」と名付けられた元スーパーボール! スーパーボールが大出世!! と思いました。

    >生きることへの渇望は、後世のどんな生物よりも鮮明だった。単細胞生物たちは、ふくらみ、わかれ、くっつき、はなれて、どんどん姿を変えていった。

    のところ、力強くていいなぁと思いました。どんどん姿を変えていっても、存在し続けるところが、大きくて、良いなぁと思いました。

    >この時代の生き物は、アノマロカリスとか、オパビニアとか、友だちとしてつきあうにはちょっと癖の強すぎる連中が多かった。

    ここのところ、面白くてクスッとなりました。でもみんな、強そう、と思いました。

    >恐竜時代の素晴らしさは目を瞠るものがあった。
    ダイナミック! と思いました。

    >(わあ、まいったなあ。これはきつい。ハダカで見るもんじゃないぞ)
     ハダカじゃなくてもきついだろうけど。
    直接的にそのまま見てしまうと、とても参ってしまう何かなんだろうな、と連想してブルリとしました。

    >そうだ。人々はいつも涙に暮れていたわけではなかった。目をこらしてよく見れば、悲しみの影を背負って、それでもなお楽しそうに、ヒトは踊っていた。

    ここに希望があっていいなぁと思いました。涙に暮れていたばかりではなくて、目を凝らしてよく見ると、楽しい時間が確かにあったこと、忘れずにいたいと思いました。

    最後のシーンに、「わたし」にもいい未来が出来上がっていって、良いな、と思いました。

    お祭りワッショイ! ご作品楽しく拝読しました。

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