アレクとルビーの研究旅行

「ねえ、お散歩行こう?」
「待ってアレク、あとちょっと」
 現地調査を邪魔しない、という条件でアレク王子も同伴させたけれど、ボクが作業をしているとしっかりちょっかいをかけてくる。悪気がないのは百も承知だし、十四歳なんて遊びたい盛りだろうなとは思う。十年以上昔のことだけれどボクはそうだった気がするし。だから、やっぱり連れてくるべきではなかったかなあ、なんて思ってしまう。
 野生の竜が生息する小島に宿は一軒の民宿しかなく、ボクは何度も来ているから慣れているけれど、一国の王子様を宿泊させるには貧相だったかもしれないという思いもある。
 そういう雑念が入り込むので、昼間に撮影した画像や採取したサンプルにラベルを付けていく作業はなかなか進まない。という言い訳。
 困ったことに、振り返れば二組のお布団が並べられているのだ。アレク王子は寝転んで頬杖をついている。長い銀髪は布団の上で乱れていて、ボクが机に向かっているのを眺めている。紫の瞳を飾る長い睫毛。整った顔は十四歳の男の子とは思えないような妖艶さ。振り返ったら見とれてしまうのだ。たとえごく普通のTシャツを着ているだけでも。

「はい、終わり」
「よかった! まだ明るいね!」
 ボクが最後のサンプル瓶にラベルシールを貼り終えると、アレク王子は勢いよく起き上がった。夏。確かにまだ明るいけれど、時刻は夕方で、太陽が照らす空は徐々に赤くなってきている。
「海風は冷たくなるから何か羽織ってくださいね」
「ルビーのパーカー借りていい?」
「まあいいでしょう」
 ボクもTシャツの上にウインドブレーカーを羽織り、部屋の戸締りをして宿を出た。
「ルビーのサンダル、おじさんみたい」
「うるさいなあ、アレクこそどこかのお嬢さんみたいじゃない」
 港すぐそばの民宿から五分も歩けば砂浜に出る。天然の白浜ということで昔は観光地だったらしいけれど、ボクが生まれた頃に国定公園の指定を受けたことで上陸条件が厳しくなったようだ。今は島民が水遊びするだけだという。

 赤い空と海、人影はなく、アレクと二人きり。
「手」
「ん?」
「手。繋ごうよルビー」
 右手を差し出すとアレク王子はすかさず握り返してきた。これはあれだ、恋人繋ぎというやつでは。
「夕日、きれいだね」
 赤い光に照らされたアレク王子は太陽が沈むのを見つめながらいった。王子の銀色の髪が紅に染まったのに気を取られていると、王子はするりと手を離し、波打ち際へ歩いてゆく。ボクもゆっくりと波打ち際へ近付く。
「ねえルビー」
 ボクが横に並ぶと、アレク王子は夕日を見つめたままつぶやく。
「僕ね、ルビーが竜騎士団のお仕事してるの、好きだよ」
 何と答えてよいかわからず、黙っておいた。
「ルビーのお仕事、間近で見れて嬉しい」
 アレク王子は顔をくしゃっと崩してこちらに振り向き、照れ臭かったボクは王子の頭をがしがしと乱暴に撫でてやった。
「もー、子ども扱いしてー」
 アレク王子の不満げな声。
「いくら母国で成人していても、この国では未成年ですよ」
 ボクもいい返しておく。
「ルビー、ちゃんと僕のお妃様っていう自覚あるの?」
「あー、えっとー、あんまりない、かな」
 ひどーい、と王子はさっき離したボクの手を再び掴んだ。ボクよりも細い腕のどこにそんな力があるのか、引っ張られ、視線がアレクと同じ高さになる。
「待って待ってごめん、キスはナシ」
 慌てていう、けれど、その唇がアレク王子の唇でふさがれた。優しく噛むようなアレクの動き。舌で口の中を撫でられる。ボクの時間を止めてしまう。

「覚えてろー」
 唇が離れると、勝ち誇ったようにアレク王子はいった。間近から紫色に見つめられる。
「僕だってあと何年かしたらルビーより背が高くなってルビーより格好よくなるんだから」
 そうしたら、もう離れられないくらいめちゃくちゃに依存させてあげるんだからね、と動けないままのボクに抱きつき、耳元でささやく。
「ルビー、かわいい」
 王子の右手がTシャツの下に滑り込み胸に近づいたところで我に返った。
「アレク! そういうのダメって!」
 ボクが叫ぶと、あー気付いちゃったかー、と悪びれずに笑って離れるアレク。まったくこの子は……。
 気付けば太陽はすっかり沈んでしまっていて、海の向こうがぼんやりと明るいだけになっている。星、いくつか輝き始めていて。ざざん、ざざん、と波の音だけが聞こえる。
 ルビーの髪の色みたいな黒だねえ、なんて空を見上げながらいう王子に問いかける。
「アレク、魔法使った?」
 ううんー、と王子は否定した。
「何度もいってるけどさ、それは魔法じゃないの、ルビーの体が反応してるの」
 ルビーは学者さんなのに学ばないなあ、といわれてしまう。確かにボクは魔法については無知。だから、どこまでが魔法なのか、魔法でどこまでできるのか、そういうことがわからないまま魔王大国の王子であるアレクといるのが不安で、ちょっぴりスリリングで、とても楽しい。
 だけど。この島にいる間はアレク王子に主導権を握らせるわけにはいかない。一応、一応は、ボクは仕事の一環でここに来ているわけだから。バカンスシーズンだし、竜騎士団本部での業務はお休みを貰っているけど、完全なバカンスでこの島に来たわけじゃない。まあ確かに、わりとゆったりしたスケジュールを切ってはいるけれど。同僚たちに新婚旅行かーなんて囃し立てられたりもしたけれど。
「さあ、そろそろ宿に戻りましょう」
「戻ったら、する?」
「しません!」
 びしっといっておくつもりが悲鳴みたいな声になってしまった。来客の少ない民宿には、かろうじて男女分かれてはいるものの共同の浴場しかないし、そういう用件のために建てられていないので壁も薄い。なにより、いくら結婚しているとはいえ、王子がボクよりも背が低いうちはダメ、絶対ダメ。それは大人としての責務だ。ルビーが突然つれないー、と王子が嘆く。
「戻ったら食事の時間のはずです」
「ここのお魚おいしいね!」
 ボクが話題を逸らしたのを感じ取ったようで、王子はちゃんと食事の話にシフトした。
「王都まではなかなかこれほど新鮮なもの、出回りませんからね」
「じゃあ食い溜めしておかなくちゃ!」
 無邪気に目を輝かせるのを見ていると本当にまだ子供にしか見えないよなあ、なんて思う。母国では既に成人していて、王族として魔法局の仕事をこなす、ボクの夫のアレク。無邪気に見えるのが本音からそうなのか、そう見せているのかは、まだ、ボクには悟らせてくれない。
 ……わかるのかな、抱き合えば。


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執筆者名:氷砂糖

一言アピール
こんにちは。普段五〇〇文字小説を書いている氷砂糖です。今回の委託出展品に五〇〇文字小説はありませんが、このお話の本編を今つくってます! ちなみにアレクは魔法大国の王子様で、ルビーは斜陽の国のお姫様で竜騎士団所属の獣医です。あちこちで話題のトリカラアンソロもよろしくです!

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