海の子霊

 海辺の町で生まれ育った悠生にとって、夏と言えば海水浴の季節だ。学校から帰るとすぐに水着に着替えてそのまま浜辺へ出るのが日課で、夏休みともなれば日がな一日浜辺で過ごす事も珍しくない。しかしそれはお盆までの話。お盆の季節がきたらもう海へは行かないと、大人たちと約束をしているからだ。お盆の時期に海へ入ると、幽霊に連れて行かれると言われているのだ。だから悠生は、お盆の季節が来ると海へは近づかなかった。

「お前。そんな迷信を信じているのか?」
 と言って笑ったのは、悠生が今年この浜辺で知り合って仲良くなった健二だ。悠生と健二は学校が違う。二人が一緒に遊ぶのは浜辺にいる時だけだし、互いにまだ知らない事も多い。悠生はお盆の時期に躊躇わずに海へ行く子供がいるという事に驚いた。
「俺は明日も泳ぐぞ。この海で」
 健二はそう言って海を眺める。
「やめようよ。明日は違うところで遊ぼう」
 悠生はそう言って健二の腕を引っ張ったのだが、健二は
「恐がりだなあ、お前は」
 と言うと、その手を振り払った。
「お化けが出るって言うなら尚更さ。むしろ会ってみたい」
「ええ!? 本気で言ってるの?」
 健二はにやりと笑うと
「怖いならお前は公園で虫取りでもしてればいいさ」
 と言った。

 その浜の沖の方では、半透明の子供達が沢山泳いでいた。この海で亡くなった子供達の幽霊だ。半透明になったその姿は普通の人間には見る事が出来ず、触る事も出来ない。よって、足を引っ張って悪さをするなどという事も出来ないのだが、お盆の期間だけは違った。お盆というあの世とこの世の境界が曖昧になるあの期間の間だけ、霊達は姿を露わす事が出来る様になり、生きている人間に触れる事も出来るのだ。
「聞いたか? 今の?」
「聞いた聞いた」
 半透明の子供達が集まって会議を始めた。
「今年も遊び相手が来てくれるみたいだな」
 霊達は楽しそうにクスクスと笑った。
 海の子霊達は皆、生身の人間の子供と遊びたいという欲求が溜まっている。お盆の期間に人間の子共と一緒に戯れるのを楽しみにしているのだ。そして、楽しく遊んだ後に別れるのが惜しくなり、つい道連れにしてしまう事がある。そうやって、海の子霊は少しずつ人数を増やしていったのだった。
「お前達、あんまり羽目を外しすぎるなよ」
 と皆を牽制するのは、そうべえだ。そうべえは江戸時代からこの海にいる、もっとも古株の子霊だった。
「俺は今年が初めてだから楽しみだなあ!」
 と嬉しそうにしているのは、去年このメンバーの仲間にされてしまった涼だ。すっかりここでの生活にも慣れた様だが、久々に生身の子供と遊べるという事で、一番張り切っている。
「よし! 俺と一緒にひと暴れしようぜ!」
 と言って涼の肩に腕を回しているのは、去年涼を道連れにしたサスケだ。サスケは戦後程なくしてこの海の住人となった子霊なのだが、戦時中に亡くした弟にそっくりの涼の事をすっかり気に入っているのだ。
「涼、お前は新入りなんだから一番後から来いよ。先に行くのは俺たちだ!」
 先輩の八郎や兵左衛門に釘を刺されて、涼はおもしろくなさそうに「ちぇ~」とつぶやいた。

 翌日。
 予告通り健二は海へとやってきた。お盆の期間中だが、海水浴場はまだ営業している。海水浴を楽しんでいる人は健二の他にも沢山いた。世間では連休に突入しているので、むしろ今までよりも人が多い。
「こんな賑やかな所で霊なんか出るのかよ」
 ぽつりとそうつぶやくと、健二は海の中へと入って行った。
 その様子を悠生は浜辺から眺めていた。海へ入るつもりは無いのだが、健二の事が心配でつい、来てしまったのだ。去年もここで水の事故があったのだ。なのに今年もこうして沢山の人がここにいる。お盆の期間に入ったら海水浴は禁止にしてしまえば良いのにとさえ、悠生は思っていた。
 健二は毎日ここで泳いでいるので、当然ながら泳ぎが得意だ。沖の方へと向かってどんどん泳いで行く。ある地点まで行くと、突如としてひやりとした海水が足下から流れてくる。ふと周りを見渡すと、いつの間にか健二の周りには沢山の子供達が集まっていた。
「待ってたよ、健二君」
「一緒に遊ぼうよ!」
 子供達は口々にそう言いながら近寄って来ると、健二の体に絡み付く様にして引っ張って沖の方へと誘い込んでくる。子供の姿をよく見るとまげを結っている者も少なからずいて、見るからに今を生きている人間では無い様だった。
「ほうほう、さてはお出ましだな」
 健二は嬉しそうに笑った。
「今日はおまえらと思いっきり遊んでやる。だけど、ちょっと待ってくれ!」
 そう言うと健二は振り返り、浜辺の方へと泳いで行った。
「何だよ、行っちまったぞ」
「兵左衛門、ちゃんと捕まえとけよ!」
「八郎! お前こそ、手を離しただろ」
 子霊達は、やいのやいのと言い争った。
「あいつ、すばしっこいな」
 そうべえだけは冷静に健二の姿を見つめている。絡みついている子霊達の間から意図も簡単にするりと抜け出した様はまるで忍者だ。ただ者ではない。

 健二は浜辺に泳ぎ着く途中の海中で、悠生と出会った。
「やっぱりお前か!」
 悠生は見るに見かねて健二の後を追っていたのだ。
「だって健二君、沖の方へ行ったきりで戻ってこないんだもん」
「お盆は海へ入らないんじゃなかったのか?」
「だって心配で……」
「お前は浜へ戻れ。今日は危ない」
「どう言うこと?」
「出たんだよ。霊が」
 脅かす様な口調でそう言う割に、健二はどことなく楽しそうな顔をしている。
「ええ! 本当に!?」
「ああ。連れて行かれるぞ」
「じゃあ、健二君も早く戻らなくちゃ」
「いや、俺はもう一度あそこに行かなきゃなんねえ」
「どうして?」
「どうしてもだ」
 そう言うと健二は再び沖の方へと泳いでいく。
「ええ~!! ちょっと、ちょっと……!」
 悠生はしばらくその場で迷っていたが、意を決して健二を見失う前にと後を追った。健二の目からは、強い決意の様なものを感じた。何がそんなにも彼を突き動かすのか、それが悠生には気になった。

「本当に戻ってきたな」
 沖まで出ると、先ほどの子霊達がまた健二を出迎えた。
「今度は離さないからね!」
 八朗と兵左衛門がしっかりと健二の両腕にしがみつく。
「そんな事しなくても、俺は逃げないぞ」
「堂々としたものだな」
 海で子霊と出会った者は、大抵慌てふためいて逃げようとするのだが、健二にはその様子がない。それがそうべえには不気味だった。
「お前、もしかして俺たちの仲間になりたいのか? たまに居るんだよなあ、そう言う奴」
「いいや。そんなんじゃねえよ」
「じゃあなんだ?」
「ただ遊びに来ただけさ」
 そう言うと健二はすうっと息を吸い込み、大声で叫んだ。
「涼! いるんだろ!? お前に会いに来た!」
「涼?」
 聞き覚えのある声が聞こえてきて、健二は後ろを振り返る。直ぐ後ろに悠生がいた。
「お前! 浜に戻ってろって言っただろ!」
「涼って、去年この海で死んじゃった子だよね? もしかして健二君はあの時に涼くんと一緒に泳いでいた……」
「……そうだよ。涼は俺の友達だ。去年この海であいつを見失ったんだ。俺はあいつにもう一度会いたい」
「ほうほう、そう言うわけか」
 そうべえはにやりと笑う。
「涼に会いたかったらもっとこっちへおいで~!」
 八郎と兵左衛門がケタケタと笑いながら健二の手を引っ張た。健二も自らそちらへと泳いで行く。
「ダメだよ健二君!!」
 悠生は必死で健二の体を捕まえた。
「離せ! 俺はあいつに会いに行くんだー!!」
「じゃまするなよ! お前も一緒に連れて行くぞ!」
「ようし! じゃあ、みんなで一緒に遊ぼうぜ!」
 悠生は背後から子霊に背中を押される気配を感じたが、必死で踏ん張った。
「ダメー! 健二君は渡さないぞー!」
 悠生と健二は子霊達に揉まれながら、しばらくの間同じ場所を行ったり来たりしながらぐるぐる回った。
「お前ら! いい加減にしろ!」
 二人の目の前に、また新たな子霊が表れた。
「涼!」
 健二が嬉しそうな声を上げ、そうか、この子が涼くんなのかと悠生は認識した。
「健二は俺に会いに来たって言ってんだろ。お前等引っ込んでろよ!」
 涼は周りの子霊たちを睨みつけたが、子霊たちも睨み返している。
「何い! 新入りのくせに生意気な!」
 涼は気にせずに健二の方へと向き直る。健二を連れて行くつもりなのではと悠生は構えた。
「何やってんだよお前」
 涼は健二に呆れた顔を向けている。
「さっきから言ってるだろ。会いたかった。ただそれだけさ。お盆になるとこの海で死んだ奴の霊が出るって聞いたんでな。本当に出るんだったらお前にも会えるんじゃないかと思ったんだ」
「馬鹿じゃないのかお前」
 涼は突き放す様な口調で言ったが
「でも、会えたじゃないか、本当に」
 そう言って健二は涼の手を握った。
「触ることも出来るんだな」
 健二は自分の手としっかり絡み合っている涼の手を感慨深そうに眺めた。その手は冷たかったが、こうして触れる事が出来たというだけで驚きと共に嬉しさがこみ上げる。
「年に一度、この時期だけな」
 涼の口元も、僅かに綻んでいる。
「涼、引っ張れ! こっちに連れてこい!」
 子霊たちが後ろから騒ぎ立てた。
「ダメだよ!」
 悠生は健二の体をしっかりと捕まえた。
「いや、お前がこっちに来いよ」
 手を引っ張ったのは健二の方だった。
「そうはさせねえよ!」
 涼の背後にはサスケがぴったりとくっついていて、その体はびくとも動かない。
「そうか、さてはお前が涼を……!」
 健二がサスケを睨みつける。
 サスケは勝ち誇った様な笑みを浮かべていた。
「健二、俺たちはもう、同じ場所には居られない」
 涼は哀しそうに笑うと、繋いでいた手を離した。と、同時に涼の背後から大きな波が押し寄せて来る。
「危ない!」
 健二は悠生の手を握ると、波に飲まれないように必死に泳いだ。

 気が付くと、健二と悠生は浜辺まで押し戻されていた。
「ちくしょう……せっかくあそこまで行ったのに、俺はまたあいつの手を離しちまった……」
 健二は悔しそうに漏らした。
「でも、ぼくの手を握っていてくれた」
 悠生は健二としっかりと繋がったままの手を掲げてみせた。健二はその手を見つめると言った。
「お前の手は、暖かいな」
 浜辺に横たわっている2人の上を、舐めるようにして涼しい風が吹き抜けた。
 もうすぐ夏が終わる。


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サークル名:HAPPY TUNE(URL
執筆者名:天野はるか

一言アピール
ちょっとした非日常を織り交ぜた現代ファンタジーで短いお話しを書いています。このお話は、テキレボ新刊予定の「死の物語」に収録する短編の一つです。「死の物語」は、死をテーマにしたお話しを数編収録した短編集(横長予定)です。

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