緋の縅(ひのおどし)

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緋の縅 ―― 湛む 拾遺 ――

からみつく蔓の狂おしい重奏が
熱帯林の錯覚を誘う。
緑に湛んだ客船の白壁は眺めるうちに
ぼぅと光って滲みだした。
泥と汗でへばりつく軍手を脱ぎ呼吸を整え
手のひらのすべてでその肌に触れる。
「やっと来たのね。」
彼女は低くそうつぶやいて
しんと冷えた胎内へ誘った。
暗い館内を突き当りまで進み
半開きになったドアを開き切る。

いちめんのエメラルドグリーン。

サンルーム風に並ぶ窓を樹々が覆い
その隙から射し込む光が
緑を帯びて揺らめいている。
アールデコの仄匂う船室が水に浚われ
揺蕩う ―― デジャブ ―― 沈んだ船室。
いつかのワンシーン。

水中でもがく夢を
現実で見ている奇妙さに
なんとなく息苦しくなって仰ぎ見ると
壊れたシャンデリアに
黒いものが幾つも提がっている。

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「蛹。」
耳元でリョウが囁いた。

長い時間によって炭化した外殻は
夢と現の境界、いわば夢の輪郭だ。

「ヒオドシチョウ。義経の緋い縅が由来でね。
赤に黒の斑紋が綺麗な蝶なの。

蛹は灰を被ったみたいでしょ。
でもかれらは幸運のチャンスじゃなくて
きっと復讐のチャンスを待っているのよ。
ひとときも休まずに緋い縅を編みながら。」

時期を報せるのは風か。
それともみどりの波だろうか。
夥しい数の蕾が
いっせいに弾け
緋縅を纏い

ぽたり

ぽたり

やわらかなエメラルドの褥に
鮮血色の羽化液を遺して

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かれらは出立する。
俺も行かなければならない。
復讐は完遂されるだろう。

硝子や木片の散らばる暗がりを
眩い光のほうへすすむ。
テラスだ。
港を南に臨むこの客船の甲板。

ふにゃり。
暗がりを出ようと踏み込んだ足を
朽ちたドアが沼地のように吸った。
その瞬間

黒い影がぺりぺりドアから剥がれ
一斉に舞い上がった。
焚火に踊る煤けた紙片
あるいは劫火に灼かれ塵となる体。

昇天 ―― 連れて行ってくれ ――

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しかし一瞬の群舞を見せて
かれらはまたたくまに陽光に溶けた。

「夢」「現」「予兆」
もはや呼び名に意味などない。
俺はもうここにこうしているのだから。

だから

少しだけ手を貸してくれないか。
「ほんとうにダメな子ねえ」
自分の始末も出来ない俺を
そう言って笑ってくれ。
きみの話がききたい。

もういちどいつものやつを。
名前なんかない
いつものやつを。

             了

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サークル名:花うさぎ(URL
執筆者名:うさうらら

一言アピール
磯崎愛 @isozakiai (主に文)とうさうらら @usaurara(主に絵)のコラボチーム。夢使い・大桑糺の登場する物語を手製本に収めて委託頒布しています。 『緋の縅』は花うさぎプレゼンツ『シズムアンソロジー 湛む その一』の拾遺。主人公が廃墟で見る幻影。アンソロのほうも併せて読んでもらえると嬉しいです!

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