ケヤキノ海

 毎週金曜日。仕事が終わると、いつも乗る電車とは反対の電車に乗り、最寄り駅とは違う駅で降りる。途中のコンビニで缶の梅酒ソーダを二つ買ってから、再び足を進めていく。見上げるほど高い建物が立ち並ぶ中、そのうちの一つ建物の前で足を止める。肩にかけた鞄を一度肩にかけ直し、大きく深呼吸してから、数段だけの階段を上がり、エントランスホールへと入っていった。
 エレベータに乗り込み、無音で上昇を体感しながら、静かに息を吐き出す。何度も来てるはずなのに、未だ緊張してしまう。すぅっと止まりドアが開くと、急いで降りて速足で目的の部屋の前に向かう。インターホンを押すと、聞き慣れた声が聞こえてくる。
「今開けるね」
 ガチャリと鍵の外れる音がする。レバーを下げてドアを開けると、甘い花の香りが鼻先に触れた。よれよれのパンプスを脱ぎ、揃えてからリビングのドアを開ける。
「お仕事お疲れ様」
 キッチンから、エプロンをして何かを作っている綺麗なお姉さんが迎えてくれた。
「あ、うん、稜子ちゃんもお疲れ様」
 カウンターの前に立ち、コンビニの袋から缶の梅酒を取り出す。
「これ、買ってきた」
「あ、いつもありがとう」
 キッチンから漂ってくる美味しそうな香りに期待しながら、ダイニングテーブルに缶を置き、コンビニの袋を小さく纏めて稜子ちゃんに手渡す。
「ううん、私、これくらいしかできないから……」
「これくらいって……気を使わなくていいのに……」
 困ったような笑みを向けられるが、いつもご馳走になっているのに、気を使わないほどの図々しさを私は持っていない。だからと言って代わりに何か作るのもどうかと思う。まして、大学進学で一人暮らしを始めてから十五年近くも経つのに、料理の腕はちっとも上がらなくて、そんな不味い物を稜子ちゃんには食べさせられるわけがない。そんな私は、稜子ちゃんの好きな梅酒ソーダを買ってきて、食後の後片付けをするくらいしかできなかった。
 鞄を置き、スーツのジャケットを脱いでイスに掛けてからキッチンに入る。食器棚からグラスを二つ取り出し、テーブルの上に置く。
「何か手伝う?」
「あー、うん、ご飯とお味噌汁、お願いしてもいいかな?」
「うん、わかった」
 キッチンに戻って、食器棚からお茶碗とお椀を二つ取り出す。炊飯器からご飯、小さな鍋からお味噌汁をよそうと、ダイニングに持っていく。
「ありがとう。もうできるから座って待ってて」
 言われるままイスに座り、缶を手に取りプシュッと開けて、梅酒ソーダをグラスに注いで待つ。
「お待たせしました~」
 言いながら運ばれてくる料理は、いつもきれいに盛り付けられていて、食欲を駆り立てられる。
「本当は雪ちゃんが来るタイミングに合わせたかったんだけど、ちょっと遅くなっちゃった」
 エプロンを外してカウンターに置く。
「そんな、全然だよ、稜子ちゃんこそ気を使わないで」
 イスに座る稜子ちゃんがふわりと笑う。
「私達、同じこと言ってるね」
「ふふ、そうだね」
 私もつられて笑う。
「それじゃあ……」
「「いただきます」」
 声が揃って、また笑った。
 ダイニングテーブルの上には、青菜のお浸し、枝豆の冷奴、鰤の照り焼き、揚げと長ネギの味噌汁、そしてご飯が並んでいる。どれも美味しくて、箸が止まらない。
「作り甲斐あるなー」
「え?」
「すごく美味しそうに食べてくれるから」
 柔らかい笑みに胸が大きな音を立てるも、すぐに恥ずかしさがこみ上げてきて、俯いてしまう。
「あ、うん、だって、稜子ちゃんが作ってくれるの、どれも美味しいから……つい……」
 視線を逸らしたまま、梅酒ソーダの入ったグラスを手に取り、一口含む。梅の甘酸っぱさと炭酸の刺激が口の中に広がる。
「嬉しいなー」
 稜子ちゃんもグラスに口を付け、一口飲んでからグラスを置く。
「そんなこと言ってくれるの、雪ちゃんだけだよ」
「えー? そんなことないでしょ? お父さんとか、彼氏さんとか……」
「うーん……言われたことないな~」
「うそだー」
「本当だよー」
 謙遜としか思えないけれど、笑顔の奥から僅かに見える寂し気な表情は、毎週末、私が遊びに来ても断られたことがない理由に繋がるような気がして、はぐらかすように話題を変えた。
「ね、テレビ見てもいい?」
「うん」
 稜子ちゃんの返事に箸を置いて、ローテーブルの上のリモコンを持ってイスに座る。電源を入れると、それまで静かだったリビングが一気に騒がしくなった。芸能人が電車に乗り込み、車窓からの風景を紹介している映像が流れていく。
「あ、江ノ電……」
 車窓から見えるのは、穏やかな海と、その奥に浮かぶ小さな島。
「ね、雪ちゃんって、江ノ島行ったことある?」
 鰤の身を箸でつまんで口に入れる。
「うーん……行ったことない」
「え? ないの?」
 稜子ちゃんの箸が止まる。
「うん……」
「えー!」
「私、基本インドアだから……」
 驚いたような顔の稜子ちゃんに照れ笑いを向けた。
「テレビで観て、行ってみたいなって思ったことはあるけど、一人で行くのはちょっと……」
「それじゃあ、一緒に行く?」
「え?」
 今度は私の箸が止まる。
「明日、行かない?」
「え、明日?」
「うん、ほら、天気もいいみたいだし、江ノ電乗って行こう!」
 稜子ちゃんらしからぬ勢いに驚いてしまう。
「あ、う、うん、いいよ」
「それじゃあ今日は早く寝ないとだね」
 そう言って、急いで食べ終わらせる。
「雪ちゃん、先にお風呂入っちゃってもいい?」
「うん、もちろん」
「ありがと。行ってくるね」
 空の食器をシンクに入れてから、リビングを出ていく。私は、というと、見たことのない稜子ちゃんの様子に、驚きを隠せないでいた。
――稜子ちゃん……そんなに江ノ島……好きなの?
 箸を置いて梅酒ソーダを口に含み、喉へと流し込む。頭が整理できないまま、食事を続ける。点いたままのテレビからは、太陽の光が海のさざなみに当たり、キラキラと輝いている映像が流れていた。


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サークル名:雑食喫茶(URL
執筆者名:梅川もも

一言アピール
自由奔放勝手気儘に書きたいものを書き綴っております。オリジナルと二次(刀剣乱舞)で細々と活動中。

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