7月は悪夢の季節

7月は悪夢の季節 作:ばんりたかひろ

 7月も半ばとなった風のない日に彼は大部の、とある一冊の本ーつまり私だーを携えて、トウキョウの凪いだ静かな海岸にやって来た。その目的は、大切に運んできた私に書いてある事を読み解き終えて、その成果を誰にも邪魔されずに実践するためだ。これを読んでいる人々には不可解だろう。なぜ本がしゃべるのか、何をしに彼はやって来たのか?
 しかしちょっと出自が変わっているだけで、私がヨーロッパ生まれの書物なのは真実である。そして彼もまた、少し変わった野望を持つ、ただのアメリカ生まれの魔術師なのだ。
 話は先月に遡る。
 先般より交流のある魔術実践者に会うため、彼は東欧の都市プラハまで旅行に出かけた。だがその訪問は彼にとって無駄足となり、大きい失望感を味わう事になった。
 後は帰るだけとなった日、彼はプラハの旧市街をぶらついてみることにした。
 その途中偶然見つけた小さな古書店に、なにか惹かれるものを感じた彼は、ちょっとした思いつきで入ってみることにした。埃とカビの匂いが静かに淀むような店内を見るうちに、彼は興味深い物を見つけた。

 それが私だったのだ。

 私は重厚な革表装だったが、ひどく傷んでいた。前の持ち主が百年ほど書庫に放置していたからだ。
 彼はちょっとした興味から、私を手に取った。
 だがそれは仕組まれた偶然だった。彼は私の微弱なテレパシーを感じて、見事に私を手に取ったのだ。
 私のページを繰り、内容が分かるにつれ次第に心臓が早鐘を打つまま、つとめて冷静を装いながら、彼は店主の提示した値段-相場よりやや高価いーを払いホテルへ帰った。
 店頭では確認できなかったメモや注釈が私にある事を確認すると、彼はそれ以上傷まないよう厳重な梱包をのあと、丁寧にトランクにしまうと空港へ急いだ。
 調べなくては書いてある内容不明だが、それが概略何をもたらすかは分かっている。おそらく高位の悪魔を呼び出す魔術だろう。しかし、書かれている本自体である私にも、その内容はわからなかった。あるのは百年前に私を介して行われた魔術儀式だけで、それもすでにおぼろげな記憶しかない。
 それになぜ私が自意識を持っているのか、そして彼を魔術師と認識し、テレパシーを使って手に取るように誘導できたのかなど、ある程度彼を操れるのか、わからないことは多い。だがそれはもうどうでも良いことだった。
 私とテレパシーでシンクロした彼なら、私の秘密を読み解ける、と私は興奮した。その興奮は、知らず彼も伝播するようだった。
 自宅に帰って私を矯めつ眇めつ調査した彼は、すぐに私の奇怪さに魅了された。
 ラテン語で書かれた私は、世が世なれば禁書に指定されるほどの、魅惑的にして奇妙な魔術が書いてあるかと思えば、基礎のような簡単な魔術の実践方法が書いてある、という具合だ。
 しかも途中には、読むものを惑わすような暗号を挟み込んだり、以前の持ち主のメモがなければ彼の、人より堪能なラテン語読解力や暗号解読の技術でも、かなり手ごわいようだった。
 1ページ翻訳するにもラテン語辞書を引き、脳を絞ってパズルのような魔法陣を解読し、喉の奥から唸り声をあげるような作業のかいあって、無理だと思われた翻訳をどうにか形にする事が出来た。
 そして彼が読み解いた真実は、単純すぎるものだった。
 私には彼が呻吟苦鳴したのが呆れるほど簡単に、世界を改変できる魔法が描かれていた。それは魔法を学ぶものなら一度は憧れる、聖書に記載されているいにしえの太海の怪物レヴィアタンを召喚すること。判明した古書の名-自分ですら忘れていたが「トリスアギオン」というのが私の書名だ-に書いてある事は、書いてある殆どの事は、実は全て隠されたこの魔術のためだったのだ。いくら苦労してもわからないはずだった。
 
 「7の月、7の日、7の版図、これを合わせよ。何処か寄りて我イデオノールの生贄を貪らん」
 
 この一文を読み出すために、彼は使用するには極度に慎重に扱う必要のある、アブラメリンの魔術書を利用して確認した。だがここで彼は頓挫した。7月7日は良いとして、7の版図とは何だ?
 もしこれが版数を表しているなら、この私はは複数あるはずだ。そしてそれがゴロゴロ残っている可能性は低い。このままでは手詰まり、そう彼が諦めかけた時、半ば自動的に私はテレパシーの波を彼に送っていた。
 天啓のように彼は使い慣れたパソコンで何事か調べ始めた。
 イベントだ。版図というのは、イベントを指しているのだ。
 7月はどこの国でもイベントが多い。アメリカの独立記念日も7月だ。
 しかも7日、7の版という語句から読み出される、具体的な象徴はない。秘儀であるアブラメリン魔術でもそれ以上の象徴の判別がつかなかった。
 そこでプログラムに堪能な彼は、解読した語句から、自作のサーチプログラミングで、インターネット検索を行った。検索キーは7月7日のイベントをインプットする。
 だがサーチする画面には検索された画面が次々と現れては流れていった。
 私が指し示す物が見つからないと考えあぐねた彼は、別の手法、すなわちカバラ数秘術を試す事を決意した。 これは高度な魔術であるアブラメリン秘術と違い、内容に確実と言えず、読み解き間違いすら危惧される。が、しかし彼は問題なくその予言数を割り出した。
 答えは比較的簡単な事だった。
 カバラ数秘術で象徴を得るには、十六日を分解し生起された1と6を足す事で、7を生成すれば象徴ある7揃えの数秘術日を特定できたのだ。また、象徴としての7日があれば検索は容易だった。そこから二日間に渡ってサーチしたコンピュータが探し当てたのは、とある日本のイベントだった。
 それは私の中で、イデオノールと呼称される人々の感謝祭が行われる日だった。

 テキストレボリューション7。

 信じがたいが、世界で七月十六日1+6=7に七回目を迎えるのは、これ一つだけなのだ。
 また、驚くべき事に、この数字はカバラ数秘術でそれぞれの不運数1を削除すれば、6ー6ー6の獣の数字を生成する。故に彼はこの日の六時六分六秒に、最寄りの海岸で私を解読したカバラ秘術を始める事で、レヴィアタンを召喚できる事を知った。
 彼の大魔法使い、達人アデプトアレイスター・クロウリーですら、精妙な時間と膨大な知識が必要であり、現れれば甘言を弄してつけいろうとする大悪魔の召喚には手を焼いた。
 自分がそれ以上の魔術を行使できるか彼は不安がよぎったが、それが失敗の元だとも分かっていた。
 後は7月7日に日本にいれば良い。失敗なく儀式を行えば、イデオノールとなった人々から精気を得て数百年ぶりに大洋からレヴィアタンが復活する。
 彼はここしばらく忘れていた、安堵に近い思いでタバコを咥えると紫煙を立ち上らせた。

 そして目的の7月16日の早朝に、彼は私を携えてついに有明埠頭に立った。
 多少風が出てきたのか、波立つようになってきた海面を眺めながら、彼は咥えたタバコを投げ捨てて、渋く使い込まれた革トランクを足元に置く。
 まず今日の、イデオノールたちが集まるアサクサと呼ばれる地域の方向へ振り向き、場を清め整える誓言と贄を捧げる。ついで海へ向き直り、同じく誓言と贄を捧げた。そしてついに彼は、レヴィアタンに直接語りかける、魔術的な韻律を風に乗せて唱え始めた。
 それはもはや呪文を唱えるというより、何か恐ろしげな獣の唸り声のように聞こえた。
 呪文の韻律が終わり近くなってきた時、突然彼を打ち倒さんばかりの突風が吹きすさび始めた。海面は白波が立ち、空には怪しい黒雲が流れている。
 彼は焦って私を手に取るとページをめくり、手順を確認しようとした。そして、自分が巨大な何者かの影にいることを知った。
 彼がレヴィアタンの影と思い至ったのは、影の存在を振り仰いだからだった。
 恐ろしい一瞬のあと、海面を覆わんばかりに巨大なレヴィアタンから何かが飛び出してきたのを、私は見た。
 その後は私も断片的にしか知らない。
 彼は私を投げ捨て、悲鳴を上げて誓言で清めた場に逃げ込もうとしたが、何か巨大なロープのようなものが彼を捕らえ、海へ引いていこうとしている場面。
 恐ろしい吠え声が轟き、バキバキと何かを引き絞るような音。
 悲鳴が切れ切れになり、海の方で荒く波が叩きつける音。
 影が流れていく時、その中で恐ろしい目だけがギラギラと光っていた。
 そして私はようやく納得がいった。
 私はレヴィアタンを復活させない為に、私に近づくものを生贄に捧げさせる装置なのだ。だから今、私の中で書かれたことが次々と書き換えられている事も。記憶の改竄も、すべてレヴィアタンの生贄を得るためなのだ。
 私はまた何かの時期が至るまで、眠りにつくことになるだろう。彼のような博識な愚か者が来るまで、。
 レヴィアタンが死を指し示すまで。

終わり


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サークル名:万里波濤(URL
執筆者名:ばんりたかひろ

一言アピール
短歌メインですが小説も書きます。ホラーとかSFとか。いろいろ書きたい題材はあるのですが、手が遅いのでなかなか、進みません。

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