或る黒猫裁判の速記録より

「黒猫! 黒猫は悪魔であります!」
 とある学者の一言で、この一件は幕を開けた。
「確かに猫は可愛い。そして、あなたにとっては都合の良い生き物でしょう」
「都合の良い、ですか」
 学者に名指しされた恰幅の良い中年男は、学者を静かに見つめていた。
「別に、黒猫は私『だけ』にとって都合が良いわけではありませんよ」
「ほう、面白いことをおっしゃいますね」
「あなた方にとっては不便、というよりも、別の何か…例えば犬や人間のほうが便利なのでしょう」
「なのでしょう、ではありません。黒猫など、利用価値が無いのです」
 学者が熱弁を振るう。
「黒猫は利権の象徴であり、また、悪魔の使いであります。この地においては、忌み嫌われている存在です。それを、あなたは……」
「ええ、あなた達はそうなのかもしれませんね」
「わかっているのでしょう! そこまでわかって、なぜあなたは黒猫を支持するのか!」
「支持も何も、単に黒猫のほうが利便性が高いという、それだけです」
「それがわかりません。単に利権欲しさに黒猫に心酔してるだけではないのですか?」
「いや、そんなものはありませんよ」
 学者の言葉に、中年男は苦笑するしかない。それがさらに学者を逆上させることに気づきつつも。
「いいや。あなた達は中央の人間だ。中央というのは利権の塊である」
「何を仰るのですか」
「利権に取り憑かれているからこそ、利権の塊である黒猫を指示し、我々に押し付ける!」
「……私は、別に黒猫が便利なだけで、利権も何も」
 話は平行線をたどるだけである。それでも続けないといけない理由があった。
「黒猫は便利です。あなた達が特に支持する人間は、単に面倒くさいのです」
「ほう、どのへんが面倒なのですか?」
「まず、人間は24時間働きません」
「何をおっしゃいますか。それはあなたが物知らずなだけでしょう」
 学者は鼻を鳴らす。
「人間とて24時間働いております。我がエリアには多数の拠点があり、安く使役してくれるのです」
「そうですか」
 呆れたような中年男の口調に、学者は気づかないようだった。
「そもそも黒猫の拠点など、このエリアにはありませぬ! 悪魔ゆえに近寄れないのであります!」
「……そうでしたっけ?」
 中年男は、傍らでパソコンを操作する若い助手に話しかけた。
「……今インターネットで調べましたが、このエリアから半径一〇キロ以内には、人間の拠点が一〇箇所ありますが、黒猫の拠点は二箇所のみですね。ちなみに犬はありません」
「ほらみろ!」
「また、24時間営業している拠点は、同じく半径一〇キロ以内では、人間は五箇所、黒猫はありません」
「だろう! だろう!」
 どうだと言わんばかりに、学者は手を叩く。しかし、中年男の表情は何も変わらない。ただ、ぽつりと。
「ほう、このエリアではそこまで格差があるのですね。よくわかりました」
「どうだ、認めたか! 黒猫は邪神の象徴!」
「……そこでなぜ『邪神』に昇格するのか、私にはわかりませんが、まあ」
 中年男はちらりと助手の顔を見た。それに弾かれたかのように助手はパソコンを操作し始める。
「確かに、このエリアではそのようなデータになっております。ただし……」
「ただし?」
「このシステムを利用するであろう人々の居住地データをベースにすると、対象者五百人のうち、人間の拠点が近いものは三十二名。残りはすべて黒猫の拠点のほうが近くなります」
「なに?」
 学者の顔色が変わった。
「また、この三十二名の近くの人間の拠点は、二十四時間営業をしていないところが大半でして、また、黒猫の提携先は原則二十四時間営業をしております。この提携先を反映させた上で再検索を行いますと、人間の拠点のほうが近いものは二名となります」
「そ、そ、そ、それこそが、利権の塊じゃあああああ!」
 学者は吠えた。
「そういう理由で黒猫を支持する、それこそが利権というものである!」
「……哀れですね」
 中年男はボソリとつぶやいた。
「私たちは、利権とかそういうものでなく、利用者の便利さを追求すべきであります」
「し、しかしっ!」
「そこまで黒猫が嫌ならば、利用者に選ばせればよいではありませんか。どちらか一つに絞るのも、利権に相当しませんか?」
「……」
 学者は真っ青な顔をして黙りこんだ。
「まあ、人間の拠点に知人がいるからというのはわかりますけどね。私たちの個人的な事情など、利用者には関係のないことなのです」

 - ■ -

「……何のテキストを読んでるのですか? 藤川さん」
 金沢・長町エリアにある喫茶『ないと』。カウンターで真剣に文章を読んでいる男に、喫茶店のウエイトレスが声をかける。
「あ。いえ。大したものではありませんよ」
「そうですか? 珈琲も飲まずに読みふけってるものですから、あたくし、気になりまして」
「……すみません。珈琲にもあなたにも失礼ですね」
 藤川と呼ばれた男は、苦笑いを彼女に投げかけると、珈琲カップに手をかけた。
「まあ、男のプライドというやつは面倒くさいなあという話をメモしたものでしてね」
「そうなんですか?」
 きょとんとした表情を浮かべる彼女。その目は期待に満ち溢れていて。

 男は、つい口を滑らせたのだった。

「内緒にしておいてくださいね。……クロネコヤマトが嫌いで、佐川急便を大プッシュする変なおっさんと喧嘩してたのですよ。先程まで」


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執筆者名:濱澤更紗

一言アピール
鉄道と都市研究を歴史を萌えと人に変換する人間です。メインエリアは静岡県西部と石川県。各種評論も複数執筆。

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