「……なんですか、それ」
 努めて冷静に、私は彼女に尋ねた。バーの薄明かりのもとでもはっきりうかがえる、彼女の唇の端に浮かんだ赤紫色の痣を指して。
 どういう状況でついた傷なのか見当はついていた。だからこそ私は怒りに震えていたのだ。彼女を傷つけた男に対し。そして。
「ああ、これ? たいしたことじゃないの」
 へらりと笑ってごまかす彼女に対して。
 彼女はそのまま淡い橙のカクテルをあおった。ミモザ。シャンパンとオレンジを組み合わせたカクテルだ。いつも彼女が好んで頼んでいるものだからすっかり覚えてしまった。
「おいしいよ」
 ねえ、と勧めてくる上目遣いに、くらりとする。私は彼女のこの仕草に弱い。話題を逸らそうとしているのだと分かっていても。乗らずにはいられない。
 私は彼女にあわせて頼んだ、自分の分のミモザをぐいと飲み干した。
「はっきり言って」
 カツン、と空いたグラスをテーブルに置き、仕切りなおす。
「先輩のそれは、自傷行為に等しいですよ」
 じろりと睨んだ。が、彼女は動じない。苦く笑って「自分でつけてるわけじゃないんだけどな」と手に持ったままのグラスを弄ぶ。
「私って男運ないからさ」
「やばい奴と分かった時点で別れるべきだと言ってるんです」
 何度目だと思ってる。ちっとも反省しない。馬鹿なのか。口をついて出そうになった暴言は、
「私、馬鹿だから。駄目なんだよ」
 という彼女の自嘲によって阻まれた。
「……ごめんね」
 続く小さな謝罪の言葉が、これ以上足を踏み入れるなという明確な拒絶を示していて。私は唇を噛み締めて口を噤んだ。
 学生時代に先輩後輩という立場で知り合ってから十数年。年齢は違えど、友人のように時折こうして二人きりで飲みに行く間柄だ。気楽で心地良い。
 けれどそれだけなのである。私に彼女の寂しさを埋めることは出来ないのだ。私に出来ることがあるとすれば。
「……飲みましょう」
 もう一杯注文します、と私はメニューを手に取った。にわかに空気が変わる。
「そうだね、飲もう」
 彼女も微笑み頷いた。
 せめて二人きりの時だけは、嫌なことを忘れて楽しんでほしい。そんな願いを込めて、今夜も私は彼女と二人。しずかに杯を交わすのだった。


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サークル名:LUCHIMA(URL
執筆者名:へちま

一言アピール
今回のような雰囲気のショートショート短編集とファンタジー小説本を発行予定です。

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