花葬送

その国では、悪逆非道の国王と、その娘と息子が暴虐の限りを尽くしていたという。
国は疲弊し、滅びを待つばかりであったが、しかしその悪事は神々に知られることとなる。
彼らは神々の怒りによって、娘は自らその命を絶ち、そして王と息子は無残に殺され、ようやく国に平和が訪れた。
だが、奇妙なことにその国は次の国王を抱かぬまま、しかし今でも繁栄を続けているという。
大層美味と評判のクコリの実のワインと、そして豊富に採取される農作物が、その国の経済を支えているのだ。
国王とその息子の血に沈んだ城は、次の王は任命されたが誰も住むことはない。
しかし城は、時に任せて朽ちることもなく、ただ静かに街の中に佇んでいるのだ。
さて、いわくつきのその国には、世界中で評判になるような美しい祭がある。
3の月と4の月の双月の間、その城の前で行われる盛大な花祭だ。
豊穣を願ってとも、謝肉祭とも言われるが、国中の花が集まったのかと錯覚するほど、街の中央、城を背後に抱く広場に花が集まるのだという。
それは、この世のものとは思えぬほどの美しい光景なのだと、もっぱらの噂である。

旅人である男は、なんということだろうとため息を落とした。
自分の命を救ってくれた少女が、彼女の生まれ故郷で、こんなおとぎ話にも満たない話で貶められている。
悪逆非道などとは程遠い、国王一家が大層仲睦まじく、また民思いであったと旅人は知っている。
ことその娘は、不遇に次ぐ不遇により、茨の道を歩いた苦労人だ。
彼女の母は大逆の犯罪者、その身を魔族に売り渡し、神殺しを謀って世界を混乱に陥れた。
国王は、そんな王妃を止めるべく、神軍の総大将の神王の影武者を務めた。
間に生まれた娘は、忌み子と嫌われ、わずか3歳で戦場に放り出されたという。
しかし、その生まれ故、不死の身体とでたらめに強い力を授かった娘は、紅の悪魔と戦場で恐れられつつ、数々の武勲をあげた。
息子は、その姉の二の舞はさせぬと、必死に父王が庇って幽閉されたまま幼少期を過ごした。
大きな戦は神軍が勝利を納めたが、この親子への風当たりは強く、特に戦場で悪魔と称された娘は、自分の故郷に居ることさえ困難であった。
そして、その人生の大半を流転することに費やす、哀れな公女が生まれた。
彼女はその日暮らしの賞金稼ぎとなり、様々な国を救い、また様々な伝説を残した。
この公女と、その賞金稼ぎが同一人物だと知る者はやがて消えていき、いつしか面倒事ならなんでも引き受ける、賞金稼ぎの名前だけが有名になり、独り歩きした。
そして、その彼女が偶然に命を救った者たちが、こうした旅人の彼のように一定数世界には存在している。
その誰もが知っている。彼女が、大層傷つきやすい心優しい女性であったと。

国王と、その娘と息子の話題を出すことは、この国ではタブーである。
名前を出せば、新しい王や神の軍がそれらを取り締まり、国を追われるのだ。
華やかな祭りが明日から始まるというのに、街はただ無機質で、暗く沈んでいるようであった。
旅人は、再びため息をついた。
自分の国の王が、絵に描いたような悪逆非道、人道無視の王であった。処刑寸前の自分を救い、そして国王すらも倒していった少女。
いつかお礼を、そんなことを思っていたのに、少女の死のニュースが世界中を駆け巡り、そしてこんな貶められ方をしている。
どうにか、彼らの汚名を雪ぐことは出来ぬものかと、花祭の季節に旅人はこの国を訪れたのだ。
しかしその国には、彼女たちが生きた証も、そしてその存在すらも消されたように、何も残ってなどいなかった。

失意の旅人は、やり場のない悲しみを酒で紛わそうと裏通りの奥の奥、小さな場末の酒場に入り込んだ。
小さな酒場であったが、ふと彼はその光景に目を奪われる。
奥のカウンター、その店の一番奥から3つ目の席。
そこに、小さな瓶が一つと、一輪の花。
そして、グラスに注がれた、この国名物のクコリワインが、ランプの炎に照らされて鮮やかに紅く光っていた。
「旅のお方、残念だがその席は『予約』が入っている」
その席をじっと見つめたままの旅人に、酒場のマスターが、そう声をかけてきた。
旅人は、小さく息を飲んで、そして呟いた。
「白い花」
その言葉に、酒場のマスターと、常連とおぼしき客たちが一斉に彼を振り返った。
「嬢ちゃんをご存じかね?」
マスターが静かに問いかける。その言葉に、他の客たちもじっと彼を睨み付けている。
異様な雰囲気の中、旅人は、口を開いた。
「命を、この命を救われた。私の国も。噂を聞いて、どうしても真実を伝えたいと、ここに」
そして、旅人は絶句した。
マスターも、客たちも、泣いていた。
「旅のお方、ここは小さな場末の酒場。だから、お上の目など届きはしない。ただ、一つだけ約束しておくれ。今日お前さんは、この酒場には来なかったと、そう言ってくれるかね」
その言葉に、旅人は戸惑いながらも頷いた。
「ありがとう。この席はね、嬢ちゃんが良く座っていた席だ。常連の誰かが必ず花を一輪持ってくる。そして、誰かがワインを頼む。そして、誰かが金を払う。最後に、わしが閉店の時にそれを飲み干す」
それはもう、ずっと続く儀式のようなものなのだと、マスターは呟いた。
嬢ちゃんは、とても食べ物を粗末にすることを嫌ったから、だからわしは毎日このワインを飲むのだ、とマスターは笑った。
「このワインは、嬢ちゃんが作り方を教えてくだすった。今ではこの国の経済を支えておる。この国が飢えることなく、豊穣に恵まれるのも、国王の治世のおかげだった」
マスターの言葉に、酒場の奥から誰かが言う。
「気さくな方たちだった。嬢ちゃんはしょっちゅうここに食事をしにきて、一緒に飯を食って、色んな話をした」
「国王までしょっちゅう来て、酒に酔っぱらって近衛兵隊長によく殴られていた。わしらはいつもそれを見て笑っていた」
「坊ちゃんはジュースが好きで、酒精のないクコリのジュースの作り方を教えてくださった」
「彼らの過去に何があったか、わしらは知らん。だが、近衛兵たち含めて、誰もがわしらを対等に扱い、わしらもだからついていった」
「国の皆は分かっている。こんな酷い、あまりにも惨い話が、神軍がばらまいた嘘だと」
「じゃが、それを言えばこの国を追い出されてしまう」
「それはならん。あのお方たちが、命を賭してまで守った国じゃ。わしらが守らねば、誰が守る」
「わしらはそれを抱えて飲み込んで生きていくと、そう選択した」
「だから、国には何もあの方たちのものは残っておらん」
「墓標すら残してもらえず、城も放置されてしもうた」
「わしらは城仕えの者だ。今でも毎朝、城に出て、庭木を整え、部屋を掃除し、城を保って家に帰る」
「冤罪であったと、誰もが知っている。知っているから、誰も出ていかないのだ」
酒場の奥から、薄暗く顔も見えない男や女たちが、口々に彼女たちのことを話していく。ぼそぼそと、しかしはっきりと、意思をもった声で。
旅人は、ただただ涙を流してそれを聞いた。
愛されていたのだ。自分の命を救った少女は、生まれ故郷の国の中で確かに。それが、何よりも嬉しかった。
「どうか、今日の酒代は、私に払わせてはもらえないか」
旅人の言葉に、店主も客も、誰もが頷いた。
「たまに、嬢ちゃんを訪ねてくる客がいる。皆が、そういって、そのワインの代金を支払っていってくれる」
「嬢ちゃんらは、わしらの誇りだ」
「何故あの方たちが死ななければならなかったのか、誰にも分からないのだ」
さざめくように、酒場の奥からいくつもいくつも、声が響いていく。
「旅の方、どうか明日の朝から、花祭を見届けていって。きっと意味がわかるから」
「あなたもどこかでお花を摘んでいらっしゃい。買っては駄目。どこかで摘んでいらっしゃい」
「白い花がいいわよ」
その言葉で、旅人はすべてを理解した。
「ああ、ここに来て本当に良かった。今宵の出来事は、一生口にいたしません。必ず墓場まで持っていきましょう」

今年も、盛大に花祭が始まる。
屋台も大道芸も出ない。花屋すらも出ない。
ただ、朝から誰かが静かに、広場の中心にある噴水の台座のうえに花を置く。
白い花が一輪。
誰かがまた、白い花を一輪。
やがてそれらは赤に黄色に紫に、色とりどりの花を積み重ねていく。
誰もがそっと花を置いて、物も言わずにその場を去っていく。
城仕えの者たちが、城の掃除を終えて外に出てくると、その花を美しく飾り立てる。

国王と息子が殺されたのは、3の月の十五夜月。
娘がその命を絶ったのは、4の月の十六夜月。

3の月の初月から花は増えていき、そして4の月の最終月が沈むと、その花は広場の中央で一斉に燃やされて、そして祭は終わりを告げる。
その花が飾られる理由は、豊穣を祈るためとも、謝肉祭とも言われているが、誰も真相は知らない。
誰が聞いても、その理由は語られず、これはただの花祭だと、国民たちは口を揃えて証言する。

旅人は、双月の期間その国に滞在し、そして毎日小さな白い花をそこに置いた。ただの一度も、あの酒場には向かわなかった。
城の前の広場は、双月の最後の頃には、溢れんばかりに花で埋め尽くされていた。
その美しさたるや、この世のものとは思えぬものであった。
何も知らぬ観光客たちが歓声をあげているが、花を置く者たちは、誰一人として笑顔を浮かべていなかった。
そして、最終月の夜に、その膨大な量の花々が燃える様子を眺めながら、旅人はそっと城を見上げた。
朽ちることなく今でも保たれている、その城に。かつてあの少女は住んでいたのだ。
そして、唐突に彼は悟る。
その城こそが、国王一家たちの物言わぬ墓標なのだと。
うすらと白く燃え咲かる花の向こうに、白い小さな花を愛した少女の笑顔が見えた気がして、彼は一人涙した。

旅人は、花が燃え尽きるのを見届けて、国を離れた。そして二度と、そこを訪れることはなかった。


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サークル名:猫文社(URL
執筆者名:藤木一帆

一言アピール
温度差の酷い小説を色々と書きます。主催しているオリジナル小説アンソロジーを中心に、雑多に色々書き散らしています。

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