真琴さんの引っ越し


 売れない漫画家の父を持ち、貧乏が祟って母を亡くした女子高生の真琴さん。
理不尽さを噛み殺しながら、生計の為にアルバイト漬けの日々を送っている。

 ある時、幸せを運んでくれると自称する、座敷わらしの太郎丸と出会う。
彼の住まう家に引っ越せば、たちまち幸せが訪れるというが、果たして……。

 まるで子供に昔語りをするように、書き口は至極丁寧。文章の逐一に微塵の過不足も感じなかった。

 母は亡く、父親は夢追い人。いつの世にも描かれがちな貧乏娘のテンプレを、冒頭からしっかりと読み手に伝えつつ、そこに幸運が振って沸くわけだからそりゃあ不安を煽られないわけがない。

 当然何かあるだろうと、読み手が疑い始めるちょうどいい頃合いに、物語の操り手である弁才天様が見計らったように顔を見せる。
やっぱりな、ほうら来た、と思いつつ読み進められるという事が、この物語では非常に心地よい。
年季ならではの上手、と言ってしまって良いのだろうか。世にある民話やお伽噺とは、こうしてすんなり人の中に入っていくことが出来たものが、後に長く伝わるのだろう。そんな事を思い、素直に感心を覚える。

 座敷わらしも使いの蛇も、やけに人間臭の漂う情緒豊かさ。やれやれこいつらしょうがねえなあ、と思いつつも、真琴さんに訪れる幸せの行く先を、迷い疑う事無く追い、そして気持ちよく追い終えられた。
和食。お芋の煮付け。見た目で誰もが大方の味を予測できるかもしれないけれど、みりんや砂糖のさじ加減にまで委細丁寧にこだわった、逸品小鉢。

 内心、家族に何かしらの申し訳なさを抱えている。
そんな人にはぜひオススメ。


発行:宝来文庫
判型:A5 60P
頒布価格:400円
サイト:だぶはちの宝来文庫

レビュワー:トオノキョウジ