妖都上海のでぶ女


巨大な蝸牛に似た階差機関「転輪聖機」を中心に座する妖都上海。その一角で育つ少女雪娥の悩みは迫ってくる纏足への恐怖だった。

「私は四つの時にやったの。覚悟しておくことね」

「見なさい、私の足、こんなに小さくて可愛いの」

「虫さされよ。たいしたことないわ」

 雪娥にはよく解らない言葉が弔問客や父母たちの間で飛び交っていた。妊娠、子供、不義、密通、自決。

 赤い籠に乗せられて、英蓮は知らないお家にいってしまった。
第十八回文学フリマWEBカタログより転載)

 第十八回文学フリマの見本誌コーナーにてピンときたので思わず購入しました。タイトルに「でぶ女」とさらりとえげつない単語を入れてしまうことから、男の方が書かれた本なのかと思ったのですが、読んでいくうちに「こんなに女性の描写がうまい男の方はいるものなのだろうか……?」と改めて確認してみたところ、作者の方は女性だったようでした。勘違いをしてしまい、大変失礼いたしました。ですがそれも色々と頷ける、女性独特の食べ物描写のうまさと、良い意味で中性的なそっけなさが同居している不思議な作品だったと思います。
 表題作「妖都上海のでぶ女」はその名の通り妖都上海を舞台にしているのですが、この独特の世界観と時代背景が、実におしつけがましくなくてイイのです。私は歴史にはあまり詳しくないので作中に書かれている内容がどこまで事実に基づいたものかはわからないのですが、ここまでリアルな世界の中で、息をしてものを食べて泥臭く死んでいく人々が書かれた小説が読めるなんて! と最初の一文から大変わくわくしてしまいました。
 主人公は三姉妹の末娘、雪娥。彼女の目を通して語られる、纏足への恐怖、姉ふたりの不憫な生き様、家族と時代の転機。「ああ、ありそう……」と思えてしまう、あるあるといえばあるあるなのですが、とにかく食べ物からなにから細かい描写が非常にうまく、そして主人公が幸せであった時間がとても魅力的に書かれているため、その「ああ、ありそう……」的な不幸が生々しく、ただのあるあるのお話の枠にはおさまっていないような気がしました。また、それらの不幸をさらりと語ってしまう文章にも潔さを感じました。短編ならではのテンポのよさがぞんぶんに発揮されている作品だったと思います。上巻ということだったので下巻もあるとは思うのですが、個人的にはこれだけでもじゅうぶん、作品として「面白かった」と感想を述べることのできる良作なのではないでしょうか。(最後に登場した具無し饅頭、ぜひ食べてみたいと思ってしまいました。頬張った、と一文書かれているだけなのに、なぜかとてもおいしそうです)
 同時収録の「惑星の甘露煮」。こちらもまたSFあるあるオチではあるのですが、細かい描写がとにかくリアルで、直接的に子供を思う父の感情はあまり語られていないにも関わらず、読んでいるうちに「あの子に幸せになって欲しい」「おいしいものを食べてほしい」「その幸せを知って欲しい」と痛切に願わざるを得ませんでした。表題作と共通して食べ物の話ではあるのですが、「惑星~」のほうは食べられないことの不憫さが、痛いほど心に響いてくる、そんな悲しいお話でした。

 何度も「あるあるオチ」と大変失礼な言葉で感想を述べてしまいましたが、こちらの本に至っては「あるある」という単語のすべてに心からの賞賛の意味が込められていることをご了承いただけますと幸いです。

 最後になりますがあとがきがとても面白かったです。作者さんが無事に締切に間に合ったおかげでこうして無事に本を読めたのかと思うととても嬉しいです。どうもお疲れ様でした。


発行:ANOVEL
判型:B5 16P
頒布価格:100円
サイト:Anoel或いはANOVEL@文学フリマ参加中
レビュワー:ひより