世界再生の書物と一つの楽園(2)


西暦3300年、物的資源問題を解決した人類は、自らの量子化を済ませており、優雅で怠惰な、種としての余生を過ごすのみとなっていた。荒廃した地球を見捨て、雲上都市へと逃げ去った人々は、しかし、孤独に苛まれ、地球全土を網羅する過去の遺産たるネットワーク上に、六つの学園からなる一つの楽園を構築した。これをRe:Worldと呼ぶ。仮想空間上の学園に転校してくる自身の情報を伏せた天界人の中に、記憶を持たない少年が現れたとき物語は始まる。くしくも眺望を司る華久楽大付属雅高等学校では、一年次の代表によるクラス対抗レクリエーションが始まろうとしているところだった。
(作品カバーより)

※過去の感想はこちら
 ・世界再生の書物と一つの楽園(1)

 僕は設定魔だ。多分同じ物書き同士ならば、半数以上の人は似たような症状を患っているのではないだろうか? 僕はとにかく無駄な設定、使わない設定をただ考えるのが大好きで、それを作品に昇華させることもなく、テキストファイルに残して満足している。誰かに話すことはない。いつか使えるかもしれないし──そう思って、無駄なデータとしてHDDの片隅に保存している。
 だけど、色々な作品の設定を見たり聞いたりするのは大好きだ。素晴らしい設定に触れれば興奮する。いわゆる設定資料集、というものを本屋で見かけると、ついつい手に取ってしまう。
 素晴らしい設定が、素晴らしい作品として昇華しているのを見ると、ただただ羨ましくなる。設定負けしている作品も多くある中で、作者がきっちり自分の考えや世界観を噛み砕き、わかりやすく書き込んでくれている作品に出会うと、たまらなく嬉しくなる。本作『世界再生の書物と一つの楽園』はまさに、設定魔である僕の心臓を直撃し、鷲掴みにしてくれる作品だった。

 仮想空間上に構築された学園に、記憶を失った少年が転校してくるところから物語は始まる。学園に伝わる十三不思議の一つ、《綾解異聞》を手に入れることが目的のクラス対抗レクリエーション。その影に潜み暗躍する何者かの手によって、レクリエーションに関わる生徒達は傷つき、倒れていく。神から授かった異能力──ギフトを頼りに、記憶を失った少年と、学園に通う生徒達は事件を解決するため、そして《綾解異聞》を手に入れるために奮闘する──。

 ……もう、この筋書きだけで胸が躍るようじゃないか。
 設定とはつまり物語の背景で、その背景に奥行きさ精緻さ、巧妙さを見出し楽しむのも読書の楽しみの一つだと思う。
 この『世界再生の書物と一つの楽園』は、背景の濃密さ、精妙さ、それでいて決して全体像を容易に語らない曖昧さが、本当に高いレベルで合致しているように思う。
 設定魔である僕は当然、世界観や設定をふんだんに盛り込んだ作品が、ともすれば「ただの設定の列挙=設定の見本市」になってしまうことを嫌と言うほど思い知らされている。だけどこの作品は、設定の濃厚さが物語としての面白さをスポイルすることなく、きちんとお互いの歯車が噛み合っていた。
 一つの小説として、面白い。
 登場人物達はそれぞれの思想、嗜好、目的に合わせて行動し、それが物語終盤に向けて一気に収束していく。転校してきた少年が主人公のようでもあり、特定の主人公を持たない群像劇のようでもある。全ての登場人物ごとに異なる魅力があり、捨てキャラは一人もいない。作品としての完成度が、非常に高い──物書きとしては語彙力の低さを恥じるばかりだけど、「とにかく面白い!」のだ。
 そしてその面白さのスパイスとして、設定がある。
 設定も決して押しつけがましいものではないし、これ見よがしに披露されるものでもない。読んでいる側が「こうなんじゃないか、それとも……」と面白さを手探りにしていけるぐらいの、とても控え目で遠慮がちな提示を受けるだけだ。
 読んで、探って、予想して、そして作品内では語られないバックグラウンドを考える。本を読むということの楽しみを、改めて思い出させてくれる。
 ああ、この作品と出会えてよかった──と素直に思わせてくれる作品だ。

 ライトノベルのような軽快さと、本格SF小説のような濃密な空気感。双方のいいところをうまく掬い取って、本作は本作として完成している。
 過剰な装飾を取り払った文章は、シンプルだけどきちんとした重みを持っている。読み飛ばしたり、斜め読みしたり、そういったことを許さず、読者の目を紙面に留め置くだけの力を持っている。
 読み終えて──それこそ巻末に掲載された年表の一文字まできっちり見逃すことなくだ──そして、結末を踏まえた上でもう一度読み返す。
 物語の終わりに訪れる、喪失感とも開放感ともつかない不思議な感情を味わって、そっと一度本を閉じる。
 自分でも不思議なぐらい自然に、二回繰り返して読んでしまった。
 それだけ面白い。
 それだけ魅力のある作品なのだ。

 僕は『世界再生の書物と一つの楽園』、そして続編的な『異界再訪の扉と十三の不思議』を併せて読んだ。『異界再訪~』はアペンド版のような内容で、こちらもまた別の魅力を備えた掌編だ。はたしてシリーズとして続くのかどうかはわからないけれど──僕個人としては、できればこのRe:Worldシリーズをまた読んでみたい、と思う。
 飽きっぽくて何事も中途半端に投げ出しがちの僕が、そう思ったのだ。
 きっと他の人達は、「もっと続きが読みたい!」と切望するんじゃないだろうか?

 遠くない未来に、「遠い未来の学園物語」がまた動き出すことを願って止まない。そのときはきっと、不思議で優しくて、少しだけ寂しく悲しいこの世界に、またどっぷりと浸かることができるだろうから。


発行:雲上回廊
判型:文庫(A6) 220P
頒布価格:1000円
サイト:雲上回廊
レビュワー:神楽坂司