猫と弁天/アヤメさま、宝船に乗る(1)


 墨田区にお住まいの中学1年生の女神アヤメさまと、友人のノラ猫(猫如来)が活躍する連作短編。
(サークルサイトより)

 『東京弁天シリーズ』と題されたシリーズの一冊で、「中学1年生の弁才天」であるアヤメさまにまつわるお話、『猫と弁天』『アヤメさま、宝船に乗る』の二編を収録した本になります。
表紙がとてもかわいらしく、目を引きます。猫如来の貫禄がとてもよいです。

冒頭の、語りに近いほんわかした文章に惹かれて読み始めたのですが、読み終えたときにはかなり印象が変わっていた、不思議な一冊でした。
確かに、語り方はとても優しく、またアヤメさまが等身大の少女でありながら、「神様」としての意識も持ち合わせた存在として鮮やかに描き出されていて、そのユーモラスさがとてもほほえましく感じられます。
猫を追いかけて町を行く、琵琶を抱えたセーラー服の中学生ですよ。そのヴィジュアル的なかわいらしさも相まって、頬が緩んで仕方ありません。
全編を通した空気感は、現代のおとぎばなし、といった印象です。
個人的には『猫と弁天』の中で登場する、髪飾りの一文がすごく印象的でした。さすが神様……。

ただ、描かれているエピソードは決して優しいだけではなく、例えば『猫と弁天』では現代を生きる人々の勝手さや、アヤメさまの存在に隠された悲しいエピソードが。『アヤメさま、宝船に乗る』でも、苦しむ人々の姿や、人を守るために傷つく神々の姿まで、克明に表現されています。
それが、「平成生まれの」純真で未熟な神様であるアヤメさまの目を通して描かれるだけに、アヤメさまが感じる悲しみ、行き場のない怒り、無力感が、やわらかな文章の中からもはっきりと、痛いほどに伝わってくるのが、とても印象的でした。
それでも、そんなアヤメさまをあたたかく受け入れている「姉」のサクラさまや、口は悪くて荒々しいけれど、アヤメさまに神様としての心構えを示してくれる毘沙門さまなど、彼女を取り巻く神々が、アヤメさまを見守ってくれていることに、心から安堵します。
そして、彼女のような新しい神様が、いつも笑っていられるような……それこそ、境内でのんびりと猫如来と戯れていられるような、そんな世界になればいいなと、祈らずにはいられませんでした。

どうやら、アヤメさまにまつわるお話はこれで終わりではないようなので、続きを楽しみに待ちたいと思います。
ほんわかしているようで、どこかがきゅっと引き締まるような、そんな素敵なお話でした。


発行:宝来文庫
判型:A5 72P 
頒布価格:500円
サイト:だぶはちの宝来文庫

レビュワー:青波零也