黒南風の八幡~隻眼の海賊と宣教師の秘宝~


17世紀初頭、大航海時代末期。日本の近海には当時、幕府の鎖国令にも縛られず、世界の海を駆けた「八幡」と呼ばれた海賊たちがいた。
隠れ吉利支丹として人目を忍ぶ生活を続けていた平戸の刀鍛冶・右近。弾圧の末に奉行所に捕縛された彼を助けたのは、「黒南風の燕」と呼ばれ、オランダ人やスペイン人にも怖れられた伝説の八幡・麝香燕だった。
二人は何者かに連れ去られた右近の師である宣教師フェリペ・デ・ディエゴの行方を追って、鎖国下の日本を飛び出すが、二人の前に立ちはだかったのは、当時、東アジアを支配していたオランダ東インド会社だった!
(サークルサイトより)

 冒頭十ページほどを読ませていただいて、これは上手い、と感嘆し、そのままの勢いで一気に読みきってしまいました。
 単純に歴史の知識を文中に盛り込むのではなく、それを「読ませる」かたち、読者を引き込むだけのかたちに落とし込む技術に唸らされます。
 歴史・時代ものの一番の難しさは、「今はそこにないものを、どう読み手に伝えるか」だと思っているもので。

 自分が時代小説を読む時のスタンスとして(こういう言い方はが極めて乱暴なのは認識しておりますが)出てくる地名が一つもわからなくとも、出てくるものの形を何一つ知らなくても、ストーリーが面白いものはやっぱり面白い、というものがあります。
ただ、その「面白さ=ストーリーへの没入感」を得られるためには、まずは、物語の世界にどっぷりとつかれるだけの前提が必要になる、とも感じています。

 その点、この本は極めて鮮やかな形で、「私の知らない世界」を目の前に描き出していました。
 仮に読者の知識から離れた場所にあるものを描くにせよ、具体的にそれが「何」かに言葉を割くよりも、その空気感、手触り、匂い、そういうものをあますところなく表現することで、そこにあるものに、確かな「存在感」を示している、そんな気がしました。
 この本に満ちた「生きた」気配が、物語の世界――十七世紀の海に問答無用で引きずり込んでくれました。

 そして、ストーリーがまた、全編通してわくわくとときめきが止まらないエンターテインメントなのです。
 小難しく考える必要なく、主人公である右近と燕による海の上の冒険を「次はどうなる!?」と一緒になって追いかけることができる、その快感。
 めまぐるしく変わる状況に流されるだけでなく、行く先を見据えようとする右近の真っ直ぐな視線。敵とも味方ともいえない立ち位置で、どこまでも自由に海の上を駆けるトリックスター・「黒南風の八幡」燕の獣じみた力強さ。そして、圧倒的な力と薄ら寒い酷薄さをもちながらも、どこか人間らしさを滲ませてやまないアメルスフォールト。彼らが織り成す物語の波に、気づいたら夢中になっていました。

 そこに、秘宝の謎や「片目八幡」の伝説も織り込まれてゆき、テンポは軽快ながらも、世界の「厚み」を感じてぞくぞくします。特にラストの「秘宝」の秘密が明かされる瞬間には、その冷厳な空気感と目の前に現れた「真実」にただただ圧倒されました。
 そして、物語を彩る登場人物がまた、ことごとく魅力的なのです。特に私は、燕に付き従う漁師にして海賊・儀助と後半に登場する鄭夫人のさりげないかっこよさにしびれました。特に後者は登場シーン数は少ないのですが、その潔さがとても美しいのです。

 決して、人物についても、そう多くの言葉を割いているわけではありません。それでも、世界に息づいている人たちの姿は、読み手にどこまでも鮮烈な印象を植え付けてくれます。

 手に汗握るアドベンチャーが好きなら、この本は心から楽しめると思います。
 歴史ものは堅苦しくて、なんて思ってる方にこそ是非オススメしたい、めくるめく冒険奇譚でした。


発行:史文庫
判型:B6 224P 
頒布価格:800円
サイト:史文庫

レビュワー:青波零也