魔術年代史


 広域電脳障害から始まり、やがて大規模な地殻変動となって人類をおそった【大破壊】。既存の政府国家が瓦解し、人々が右往左往する混沌の時代が終わる頃、「生物式仮想情報子理論」と呼ばれる「人の認識を具現化する能力」が「魔術」として認識されていく。
 魔術を操る人々──魔術師たちの黎明から終焉までの歴史を語る。

 論文式仮想年代史。論文というべきか、黎明期の最初の6人のエピソードから魔術師滅亡後のインタビューの書き起こしまでの流れで魔術が如何にして生まれ、如何にして滅びたのかを資料を提示しながら語る。
 魔術五系と呼ばれる五系統の結社となった魔術師たちの直接の言葉は多くない。資料の中からこぼれてくる彼らの息づかいを感じるが、何かワンクッション置かれている感じがする。
 資料を並べ、脚注を各部の最終ページへつけている体裁が本当に何か現実のものに対して書かれた丁寧なレポートのようだ。詳細で繊細に張り巡らされた仮想史の糸。

 論文ファンタジーなるものを昔読んだことがあって、それは今でも私の心に残る1冊なのだけど、つまりは読ませる力があれば意外性や意表を突いた展開なんぞ要らんわと薄々思っていたことを裏付けてくれた。
 この本もその範疇にいる。魔術師の滅亡は最初から提示されていて、読み始めると同時にこれが滅亡に至るまでの年代史であることは理解できるはずだ。
 魔術師たちが滅びる理由についても直接語られず、インタビューや資料などから推論を重ねていくとぼんやりと、やがて少しずつ焦点を結んでいく、その景色のやるせなさ。人間て結局こうなるしかないのかなと思う。
 キャラクター色はあまり濃くないが、そのためなのか特に「衰退期」に納められている海乃宮の魔術師の日記が印象に残る。暗殺者に選ばれた魔術師の生い立ちや家族への思いもつづられており、インタビューに答える体裁が多い他の章よりも少し人肌よりな感じがするからかもしれない。
 立体感のあるSFを読んだ、そんな気持ちで本を閉じた。


発行:WIRED ANOMALY
判型:新書版 120P 
頒布価格:100円
サイト:WIRED ANOMALY

レビュワー:小泉哉女