Anthology01


「赤い格子」というキーワードを共通点に、「イツカノソラ」のナナツさんと「リリェッロの森」の市川イチさんが、それぞれ短編を寄せた合同誌。
ヨーロッパの某国(東ヨーロッパあたりだろうか?)を舞台に、戦火の中を生きた棺職人とその家族を描いた『弔う人』、画家「ソレイユ」とそのモデルになった「先生」の交流を描いた『形骸の肖像』を収録。

もうこの作者さんお二人の特徴としてはまず、とにかく文章がうまいことが挙げられます。まずもう飛び抜けて玄人顔負けのスキルをお持ちです。安心して読むことができるテンポの良さのみならず、豊かな語彙力、生き生きした描写、複雑な心情の変化、どれをとってもとても巧みで、お二人ともたぶんたくさんの文学作品に今まで触れてらしたんだろうなあと、そんなことをひしひしと感じます。

 さて、そんなお二人が合同で出されたこの『Anthology01 赤い格子』は、「赤い格子」というキーワードを共通点にして、それぞれ短編を一つずつ収録したものです。

 市川イチさんの寄せた短編は、ヨーロッパの某国(東ヨーロッパあたりだろうか?)を舞台に、戦火の中を生きた棺職人とその家族を描いた『弔う人』。
 賤民とされながら矜持を胸に生きた棺職人の生涯を、その娘のモノローグで描いていきます。市川さんは本当にこのモノローグが傑出して巧いですが、本作品のテーマ性の重厚感も誠に文句なしという感じです。戦争によって主人公に襲いかかってくる「生」と「死」という問題を、「棺」というモチーフに媒介させることによって情感豊かに描いています。様々な苦難が主人公を襲うわけですが、その悲劇を描くことに終始するのではなく、悲劇を生活の一部のように淡々と描写していき、一つ一つ経験を積み重ねていくことによって、主人公はあまたの数え切れない「死」の中から、父の生きた証を見つけていきます。ネオリアリズム全盛期のイタリア映画のようです。『自転車泥棒』とか『ひまわり』とか……デ・シーカのように、リアルで、泥臭く、それでいて美しい。

 さて、もう一人の作者であるナナツさんの作品は、画家「ソレイユ」とそのモデルになった「先生」の交流を描いた『形骸の肖像』。
 主人公の「先生」はある日、画家の「ソレイユ」にモデルになってほしいと頼まれる。その理由はなんと「なんでも描けるはずの僕に、あなただけが描けない」というものだった。突飛なソレイユの発言や、無邪気な行動。「先生」はそれに振り回されるわけだけども、「ソレイユ」は見捨てるにはあまりに魅力的だ。その存在が「先生」の世界を変え、全てを壊してしまいそうで、だからこそ惹かれる。これはどこか危険な恋さえ思わせる。市川さんの作品がデ・シーカなら、こちらはヴィスコンティだと思った、甘く危険な芸術の世界。しかし耽美な世界観が貫かれているというよりも、この作品には、芸術を追い求めて何かを壊してしまう人間のあさましさも含まれているように思う。「先生」は「ソレイユ」と本当の意味ではわかりあえないのだ。「ソレイユ」は余りにも傑出した天才だ、しかし、「先生」の存在によって、彼もまた振り回され、やがてごく普通の画家とならざるをえなくなる。これは、「ソレイユ」という天使の堕天の物語なのかもしれない。

 なんというか、この『Anthology01 赤い格子』ですが、はっきり言って、下手な商業出版物よりクオリティ高いと思います。


発行:イツカノソラ・リリェッロの森
判型:新書版 70P
頒布価格:200円
サイト:@1_ichikawa

レビュワー:唐橋史