【ライトノベル】【ローファンタジー】【現代】なべてよはこともなし

敬語男子

文庫判(A6)/204ページ
インドの仕立て屋さん
藤和
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¥ 1,500 税込

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約2年間書き溜めた、300字SSをぎゅーっと詰め込んだ本。200本収録という大ボリュームでお届け!

文庫版 204ページ

傾向:現代日常、ファンタジー、コメディ、耽美系、短編集 、敬語男子


--本文サンプル--

【おいしい干し芋】



 今日はスーパーで干し芋を買ってきた。表面に白く粉の浮いた、とびきり甘いやつだ。

 あたしがまだ茨城に住んでいた頃、よく母ちゃんが焼いてくれたっけ。そんな事を思い出しながら、 大きな干し芋をフライパンの上に乗せて焼く。優しくて甘い香りがキッチンに漂った。

 両面に軽く焦げ目が付くくらいに焼いたそれを、キッチンペーパーで巻いて手に持ち、 ひとくち囓る。粘り気のある身を囓ると、口の中に甘みが広がった。

 ふと、高校の時のことが思い返された。楽しく過ごしていたはずなのに、心の中にもやもやした物が有って、 でもそれが何なのかはわからない。ぽろりと一粒涙が落ちた。

「お芋おいしい」

 もやもやをお芋ごと噛みしめて全部飲み込んだ。



【片隅のトルソー】



 僕の脚が利かなくなってから、仕立てではなく刺繍の仕事で生計を立てることになった。

 仕立ての仕事は、裁断の時に全身を使うので、車椅子に座って生活をしている今の僕には出来ないのだ。

 昔から使っている作業場で、依頼品のジャケットに刺繍を刺していく。

 薄いカーテン越しに窓から差し込む陽の光が色とりどりの刺繍糸を照らして、花束のようだ。

 ふと、作業場の片隅に置かれた古びたトルソーが目に入る。

 かつてはあのトルソーに縫いかけの服を着せ、細かく調整をしていたっけ。

 トルソーを眺めていたら、涙が滲んできた。

 また服の仕立てをやりたい。そう思ってもその望みは叶いそうにもない。

 手に持っていた服と針を台の上に置いて、涙を拭った。