猟犬の残効


2022年、ニューヨーク。フリージャーナリストのダイアン・デイが元夫・ギルバートとともにとある集団失踪事件に遭遇する。
一切が不明のなか、ダイアン、ギルバート、養女・ジャンナの過去が浮き彫りになり、錯綜する事件は三人の手を離れて行ってしまう……
(サークルサイトより転載)

 ゆるい本読みである自分は、「社会派」という文句に最初はお堅い話なのかと思って身構えましたが、蓋を開けてみればとんでもない、息つく間もなく、最後までページを繰る手を止められませんでした。
 そのくらい良質な、エンターテインメントとしての形を持っている作品です。
 
 この物語は、ジャーナリストのダイアンと、その元夫である刑事ギルバート、そしてダイアンの養女である戦災孤児ジャンナの三者を中心に描きながら、過去に起きたある事件と、その事件を模倣するようにして起きた現在の事件が絡み合っていきます。
 過去は決して彼らにとっては過ぎ去った出来事ではなく、今起こっている事件を通して、否応なく三人の前に突きつけられます。けれど、ただ突きつけられるだけではなく、そこから、一歩踏み出す契機でもありました。
 特に、戦場に置かれていたその時で時間を止めてしまい、現実から一歩乖離した場所に生きていたジャンナに起こった変化は、彼女の周囲にいたダイアンやギルバートに及ぼした影響も含めて、息を詰めて見つめてしまいました。ダイアンやギルバートとはまた違う覚悟をもって現実に一歩踏み出したジャンナの足取りは、強い印象を胸の中に焼き付けていきました。
 そして、過去の事件を通して、自分の立つべき場所を奪われながらもなお、自分のジャーナリストとしての感覚に導かれて、今もなお足掻くことを止めない(もしくは「止められない」)ダイアンは、やがて、現在起きている事件を通して自分の国を包もうとしている、一つの大きな流れを目の当たりにすることになります。
 それは、外側から見れば明らかに異常ですが、内側にいる人間はそれに気づくこともなく、気づこうともしない。そういう「流れ」が、ゆっくり、しかし確かに国を覆いつくそうとしていたのです。
 ダイアンは、その「流れ」を目の当たりにして、とある行動を起こします。その行動の結末は、是非、物語を通して見届けてほしい。一気に物語を読みきった後の余韻に浸りながら、そう思わずにはいられませんでした。
 
 それから、一気に物語を駆け抜けた余韻を堪能して。
 ふと、自分の周囲に目を向けると、それこそ、この物語の中で描かれた「世界」そのもののような、澱んだまま、自分でものを考えることもなく、ただ与えられたものを享受するだけの世界について考えずにはいられません。
 自分が今立っている場所にダイアンの姿はありません。しかし、物語を通してダイアンが貫いたものは、今、自分の心の中に残っています。物語を終えてから顔を上げて見た世界は、少しだけ色を変えて見えました。
 決して、それだけで何かが変わるわけではありません。しかし、自分が生きている社会への「気づき」を与えてくれるという点で、この小説はまさしく「社会派」という文句に相応しい物語なのだと、改めてそう感じたのでした。
 
 煙り、乾いた空気の中に確かな熱を秘めた物語。是非、少しでも多くの方に触れていただきたいなと、一人の読者として願って止みません。


発行:HONKY-TONK
判型:新書版 108P
頒布価格:600円
サイト:BAR道化倶楽部

レビュワー:青波零也