ど素人お洋服談義


<作品紹介>
 日が沈んだ後の、しんと静かな部屋の中で、姉の紗依子が手首を切っている。
電灯もつけずに机に向かい、かみそりを肌に当てる。動きを止めているように見える指先にはちゃんと力が込められていて、刃先が少しだけ肉に入る。赤い血の玉がぷくりと膨れ、音もなくはじけた。
液体はさらさらと皮膚の上を流れてゆく。紗依子はそれを楽しげに眺めている。
口元に浮かんだ小さな微笑みを、僕は黙って、見つめる。
(柳田のり子「薄紅の家、素晴らしき世界」より)

 関東地方のM市の路上で、夜中に歩いている若い女性が刺されたり、腕を傷つけられたりしている事件があるだろう。
あの犯人は私だ。
夜中にニットキャップをかぶり、口の中にガムを放り込んで自転車で出かける。
自転車を漕ぎながら歌う歌は「おお牧場はみどり」。
何故かいつもこれだ。
(よいこぐま「くまさん」より)

タイトル通り、お洋服がテーマの作品集になっています。
小説やエッセイ、イラストなども入っていて、内容も盛りだくさんでした。
柳屋文芸堂の柳田のり子様の小説は、自殺願望のある姉に振り回される
弟目線の、お洋服にまつわるお話で、作中にはピンクハウスなお洋服がいっぱい出てきます。
確かにあのお洋服のインパクトはすごいものがありますし、女の子一人を蘇えらせるに
足るパワーが秘められているというのは頷ける気がします。
柳田さま作のエッセイのほうにもピンクハウス愛が熱く語られてて面白かったです。
作者様ご本人がピンクハウスが大好きだという割に、小説の主人公である男の子が、
自分の姉がピンクハウスに狂っている様を見て「ぜんぜん似合ってない」とことあるごとに
バッサバッサと切り捨ててるあたりが、作者様の冷静と情熱の間的な理性?を感じて、
読みやすくも面白く、多分そこは作者様の持ち味なんだろうな、と思いました。

よいこぐまさんの作品は、イラストつきエッセイと、連作短編小説が2作品収録されていました。
エッセイを拝見する限り、ナチュラルなお洋服を好まれるのかなという印象で、
柳田さんとは全然違う個性があって、そこがまた面白かったです。
小説のほうは、『くまさん』と『狼さん』という二つの作品が連作になっているのですが、
『くまさん』はお洋服愛が強すぎて人生を狂わせてしまった女性、『狼さん』は、
そんな彼女に狙われた「獪」という謎の妖怪?めいた巻物を巻いている若いお嬢さんが
主人公の作品です。どちらもどこか可愛らしく、そして毒のある作品で、とても面白かったです。
よいこぐまさんの作品を、これはこういう意味で、とか、これはこういう象徴で、などと
説明しちゃうと全然面白くないし、そもそもそんなに簡単に言葉で割り切れるものを
書かれるかたではないんだろうな、という気がします。
頭ではなく、もっと違うところを使って書いているんじゃないか、と思わせるような。
そういう書き方は誰にでも出来ることではないと思うし、素晴らしい才能だと思います。
プロ作家さんで言えば、川上弘美さんとか。個人的にはかなり似た雰囲気を感じました。


発行:柳屋文芸堂/よいこぐま(共著)
判型:A5 44P
頒布価格:100円
サイト:柳屋まんぷく堂 白昼夢堂々

レビュワー:ひよこ豆