「あいつ万博行くらしいぜ、アポロが持ち帰った月の石見るんだって。俺も新幹線乗ってみてえ」
「あいつんち金持ちだから」
「俺んとこなんか貧乏で甘いものも買ってもらえねえよ」
「俺も俺も」
夜の校庭の築山の影に隠れ、ワタルは大事に両腕に抱えていた口の開いている一斗缶を足元に置いた。
「砂入らないように気をつけろよ」
給食室から盗み出した蜂蜜の一斗缶をふたりは給食のスプーンでかきまわし、口に突っ込む。口の中に広がる強烈な甘さに脳髄がしびれる。
しばらくの間言葉を交わすこともなく無心にその幸福の味を堪能していたが、ワタルが口を動かし首をかしげた。
「なんか入ってた」
「蜂蜜の中にか?」
「ああ、ぱりっとしてぐしゃっとして、クリーミーで苦い……」
額をぶつけるようにしてふたりで一斗缶の中をのぞき込んだが、暗くて何も見えない。ワタルがポケットから出したマッチを擦った。蜂蜜の甘い香りの中にイオウの匂いが混じる。
橙の火に照らし出されたのは、缶になみなみと入った琥珀の蜜。その缶の底は、甲殻類にも似た昆虫の腹と蜜に沈んで艶を増した黒光りする背中とで黒かった。