セカイ棺桶(第二十九夜)

モニタを注視する。黒い画面は表示することを拒んでいるかの様だ。明度を上げる。画面はハレーションを起こす寸前まで白一色に近づく。視覚情報はハズレかも知れない。時間的にもかなり限られている今回の「ブラックボックス」。面識も無く、名前も知らない「担当官」の最期は我々「管理官」、と言っても同僚と面識はこれも無い。接触は固く禁じられている。時間遡上犯罪を防止、また影響を最小限に留めるこの部署では一切の情報を遮断される。担当官と管理官が協力すればかなりの確率で完全犯罪が可能だからだ。勿論過去の改変に伴う時空振動で犯罪の日時、内容、影響等は隠せない。ただ、誰が、と言う一点がかなり特定しにくくなる。よって任務の遂行をトレースし、必要なら支援。不幸にも今回の様に、任務中に未帰還が観測されれば担当官の脳内に埋め込まれたCUBE内のブラックボックスの解析も行う。

今回はビーコン微弱、記憶素子は一部崩壊、我々流に言えば「放電しきって」いた。原因は緊急遡上の繰り返しだ。担当官の死亡時に発動するCUBEの機能で、ある程度の時間遡上を行う事が出来る。回数に限りが在るし、CUBEの残存燃料に依存する機能のせいか、有効遡上時間と上限回数ははっきりしない。勿論今回の様に繰り返せば徐々に遡上出来る時間は短くなって最後はゼロになる。それまでに死ぬ原因から遠ざかる必要が在る。犯罪に転用される恐れもあって非公開の機能だ。勿論時間遡上自体も公にはされていない。

作業に戻る。視覚情報は極度に圧縮されている。視覚機能は何とか作動を確認出来るが、こちらで確認できるのは黒一色。脳は機能停止。感覚器官の情報はCUBEの疑似体験で構成されているせいでほぼフラットに近い。感度を上げるとノイズに飲まれてしまう。ブラックボックスに残された情報量を時間的に見ると、CUBEが凍結モードに入る直前に波形が僅かに動いている。ブラックボックスの記録は担当官が既に死亡している状態でスタートしている。視覚情報だけが何とか再現出来そうだ。

画面左からジワジワ明るくなってきた。時折光が眼球に入るのか、明度が一定しない。モノクロの画面に時折オレンジが混じる。左右の眼球のピントが合わずボケたままだ。感覚器官はノイズが激しく増加。特に皮膚は振り切れっぱなしだ。何となく状況が掴めてきた。恐らく火葬されている最中の映像だ。熱で体はねじれ、ノイズは振り切れてフラットへ。眼前に近づく何か。左手だ。ピントを補正。…文字だ。左腕に直接、恐らく刃物か何かで…。「正」の文字。

2つ、3つ、4つ目の途中で文字が乱れて5つ目には入っていない。恐らく緊急遡上の回数を記憶する為だろう。残存燃料が無くなるまで藻掻いた担当官の苦しみが伝わって来る。ブラックホールに囚われたかの如く、逃れられない結末は何度となく担当官を殺し、甦らせ、そしてその結果が我々によって観測された。視覚情報は再生を終わり、画面は黒一色に戻っていた。