第八十七夜

幼少時、高知にある父親の実家で夏休みを過ごしたときのことです。私が物心ついたのは、小学二年生の春で、それ以前の記憶はないのですが、祖母の話では、祖父母の寝室にあった壺に、幼い私は興味津々だったそうです。壺には新鮮な水が張られており、それは、とても大事なものだと私は言い聞かされていたそうです。夏休みの終わり、祖父母の家を辞す段になって、私は堪えきれなくなり、壺をひっくり返し、寝室を水浸しにしてしまったそうです。その話を聞いた後、中学生の私は、納屋の奥で、話題の壺を発見しました。桐の箱に入っていた壺は、もちろん空っぽでしたが、両手で持って踏ん張らなければ持ちあげられないほど重く、三歳児が倒せるとは思えません。ましてや、水で満たされていれば、もっと重かったはずです。祖父母の寝室を覗いてみると、お香が焚かれていました。日常生活では嗅ぐことのない、その香りは、今でも私にとって祖母を思い返させるもので、とても懐かしいです。もっとも、喫煙家であった祖父にとっては、そうではなかったかもしれません。