眼(第八十六夜)

「愛、」優しい声で彼は私の名を呼ぶ。「君の瞳は本当に美しい。」耳元で囁かれる言葉に、私の身体がとろけていくのを感じる。「まるで宝石のようだ。もっとその瞳を僕に見せてくれ。」彼の顔が近付き、私たちは瞼を閉じて唇を重ねる。

永い口付けが終わると、彼は「ちょっと、」と言って席を立った。

一人残された私は、はじめて訪れた彼の部屋で手持ち無沙汰を感じていた。それと同時に、キスよりも先の展開にどうして良いものか不安も覚えていた。

何か気を紛らわせるものはないだろうかと視線を巡らせていると、本棚にフォトアルバムが並んでいることに気が付いた。何の気なしに手を伸ばし、頁を繰った瞬間、私の喉は震えた。

「えっ、」

それは不気味な眺めだった。写真に写っている全ての女性の目という目が刳り貫かれ、ぽっかりとした虚ろが二点、異物として存在していた。

「見たんだね。」戻ってきた彼は、いつもと変わらぬ優しい笑みを浮かべていた。手には果物スプーンが握られ、ゆっくりと歩み寄ってくる。私はただ、その場で硬直していることしかできなかった。