【卒塔婆小町】(第十四夜)

 風雨に曝されて朽ちた卒塔婆を土に伏せ、其処に腰を下ろす老婆がいる。破れ傘で頻りに脇の下を扇いでいるが、そのせいでひどい臭いが辺りに漂って、偶々その場に墓の供養に訪れた僧も、露骨にいやな顔をして鼻をつまんだ。だが、その僧の供をしている赤い衣の稚児のほうは、目を輝かせて師に言った。
「此れは小野小町か」
 老いた小町が落ちぶれて、人里を彷徨ったという話は確かにある。だがそれも幾百年も昔の物語だ。僧は笑うと稚児の額を軽く掌で叩いた。小町と呼ばれた老婆のほうも虚を突かれたと見て、苦笑いを浮かべ、立ち上がってそれまで尻に敷いていた卒塔婆を拾い上げると、傍らの墓穴に放り込んだ。だが、その様子を見た稚児はにわかに声を荒げた。
「さては小町に非ざるや」
 今まで聞いたことのない野太い声に師の僧は驚いた。稚児は血走った眼を見開いて、杖で老婆を何度も叩いた。老婆は頭を抱えて泣き叫ぶ。僧はすぐに数珠を繰って印を結んだ。稚児の口を借りているのは、稚児ではなかった。いつの間に憑いたのか。深草少将の妄執は叫んでいる。
「おれはずっと探しているぞ、小町よ。百年でも二百年でも」