【水子】(第五十九夜)

歓楽街のとあるラブホテルで発見された女性の首吊り死体には、あるべきものがなかった。そう鑑識課の間では話されている。
 土地柄そういった変死体というものは、もう珍しくもなくなってしまったが、そんな中でも、まるで怪談のように永く語られるような変死事件は、そう多くはない。この変死事件もそういった与太話のように語られる話の一つだ。
 その女性の遺体には妊娠していた痕跡があり、結実し2ヵ月成長した胎児がそのお腹にいるはずなのだが、執刀医が遺体の身体中を開いても、鑑識がホテルのどこを探しても、胎児は見つからなかったという。
 そこまでは報告会で誰もが知っている話だったが、ずっと後に鑑識課員の人間と飲んだ際、その怪談じみた話の顛末を聞くことができた。
 遺体は、浴室のタイル壁に設えられたプレイ用の金具に、シーツで首を括られ宙吊りの状態で発見された。直接の死因は頸部圧迫の窒息死で、こういっては失礼だとは思うが、死体にしては綺麗なほうだった、とその鑑識官は言う。それを怪談として語られるに至った理由は、遺体の股から流れ出たと思われる、あり得ない量の血と羊水の溜まりだった。鑑識課員が浴室の床を調べた結果、小さな小さな四肢をもつ『何か』が、その血と羊水の入り混じった淀みを這いずり、そして排水溝へ落ちて行った。その痕跡が、確かにあったのだという。