【命日】(第五十二夜)

 旧友のAが十年ぶりに連絡をくれたのでアパートに呼んで痛飲した。夜が更け、積もる話に酒も切れ、深夜営業のスーパーへ買い出しにとサンダル履きで外に出た。すれ違ったのは芝犬を連れた白いワンピースの女性。夏にしては涼しい夜で、それまで陽気だったAが急に黙り込んだことに気づいた。悪酔いかと気にせず帰宅、買ったビールを冷蔵庫に仕舞う。ソファ代わりのベッドに腰掛け鑑賞途中のカンフー映画を再生しかけたところでAが言った。「俺が急に黙ったことに気づいたんだろ。あの女だ」「何の話」「犬の。白いワンピースの」「ああ」「俺の叔父が連続殺人やったのは知ってんだろ、死刑になった。狙ったのがちょうどああいう女で。犬を連れた白いワンピースの。昔噛まれたトラウマのせいだって。そんなこた俺も信じてない、おかげで七回引っ越した」「ああ……」「けどそれからだ。それ以来毎年見るようになった。白いワンピースの。犬を連れた。……一人の命日が今日なんだ」「偶然の……」「もちろん偶然に決まってんだ。くそ、けど毎年……」唐突にAが凍り付く。つられて顔を上げると窓の外にはガラスに顔を押しつけるようにして部屋を覗き込む無表情な女の顔……。