【血溜まりの聖母】(第六十二夜)

 いよいよ己に死期が近いと小山日向守は思った。かつて浅井・朝倉の両家に仕えて槍を持って戦場を駆けたのも束の間、この日の小山は病床に齢八十を迎えた。
彼は若い医僧だけを枕元に残して家臣たちを下がらせた。小山は若者に語らなければならぬと思った。今は遠くなった戦国の世のことを。百姓も女子供も殺された世のことを。
「人を殺めるは武門の習い。悔いは無うござる」
 だが小山は最後に一つだけこう言った。かつて敵方の妊婦の腹を裂き、赤ん坊を引きずり出した事がある。女は吉利支丹であったのか、赤ん坊の掌に爪を立てて十字架を刻むと、懐に抱いたまりやの像を血溜まりに落として死んだ。
「その時、言うたのじゃ」
 まりや像が、小さな声で「見つけたぞ」と。
 若き医僧は青い顔をして皺だらけの小山の顔を見た。小山は息を吐いた。あの時まりや像は何を見つけたのか。死期を前にして思う。己が罪か、と。小山が嘆息すると、医僧が震える唇で言った。
「それはまりや像に非ず」
 小山は医僧の掌に十字の傷跡のあるを見た。
「我が母が日毎に頼み、悪鬼を滅すよう祈りをかけし摩利支天の御像ぞ」
医僧は刀の鞘を払った。
「見つけたぞ」