【母の話】(第三十七夜)

 近頃は減ったが、わたしの家では不思議なことが起こる。
 三月のお節句に我が家で雛人形が出されたときのことだ。
 母が明け方、書斎から物音を聞いた。音の主は、本棚を開け閉めしているらしい。さては本好きな娘だろう。でも、宵っ張りのあの子にしてはずいぶんと早いじゃないか。そんなことを思いながら再び眠りに就いた。再び物音に目を開けると、するすると衣擦れの音をさせながら、すり足で廊下を歩いて行く。今度こそ母は起き上がって、廊下を見た。本を物色していると思われた姉の部屋も覗いた。
 廊下には誰もおらず、姉は眠りこけていた。
 朝、起きてきた姉に書斎に行ったかと訊ねると、案の定姉は首を振った。
 あれは誰なのだ。
 出勤前、身だしなみを整えていた母の視線は雛人形に吸い寄せられ、合点した。
 なるほど。お雛様が本を読みたがったのか。
 それ以来、母はお雛様の時期になると何が起こってもにこにこ微笑んで黙っている。