第三十六夜

 春先や秋口は深夜、湖水周辺では大型トラックほどの大きさの霧の柱が立つことがある。
 ほんの数メートルの視界が完全に霧でおおわれるのだ。
 もちろん夜間だからヘッドライトをつけているし、田舎道だからハイビームにしているかもしれない。
 霧に出会ったときはとりあえず減速してハイビームはやめハザードランプをつけるのがお薦め。
 とはいえ、馴れた道で疲れて家路を急いでいるとそういう基本を忘れることもある。
 そんな夜。
 運転していたクルマが一瞬真っ赤な霧に覆われた。
 オープンカーは頭の上が開いているので帽子を被っていないと空の光が眼鏡やフロントウインドウに映ったりするし、テールランプの灯りが霧で目に入ったかもしれない。
 さすがに気持ち悪いし危ないので、夜風の気持ちよさは惜しかったけど、屋根を閉じた。
 さて、改めて走り出して一つふたつ角を曲がると、霧の塊があった。
 音だけでも走れるような道だから無視をする。つもりだった。
 が、ドスンと窓を閉めていても聞こえるような大きな音がしてイノシシが崖から目の前に降ってきた。
 おいおいと思ったが、イノシシに道を塞がれてはブレーキを踏むしかない。どうやらノビている様子。
 しょうがねぇと徐行すると赤いカッパを着た中年男性が倒れていた。
 一瞬なんの冗談かと無視することも考えたが、イノシシはいいとして人間の方は街の病院に送ることにした。
 撮影で夜営していたらイノシシに襲われたらしい。
 正直いい迷惑だったが、屋根を下ろすためにクルマを止めなければ素通りしていただろう。