【煙草の恋人】(第三十四夜)

魔法使いを名乗る人から不思議なシガレットケースを貰った。箱から取り出した煙草に火をつけると、煙が段々と人の形をとって、僕の聴覚細胞に直截語りかけて来る。
「私は煙羅煙羅。アナタは?」
 初めてそう訊かれた時、僕は自分の正気を疑った。けれど彼女は僕が答えるよりも先に僕の首筋をその煙の手で撫でた。まるで羅紗で撫でられたような感覚だった。
「まあいいわ。ね、アナタ、寂しいでしょう」
 言いながら彼女はその煙たなびく手を僕の局部に持って来た。
 それが初めての出逢いで、雨に濡れた鵯が身を寄せ合うように、二人の奇妙な交際が始まった。
 けれど、それは長く続くモノではないということは、二人とも知っていた。不思議な煙草には限りがあったから。
「ねえ、もうそろそろ最後じゃない」
「そうだね」
「煙草が尽きれば私も消えるわ。最後に何か、思い出が欲しい」
 その言葉に僕は暫く思案して、「海に行こう」と彼女を誘った。
「いいわね。私、海なんてみたことないもの」
 そう言って彼女は笑った。
 週末、シガレットケースを持って海に行った。
「ああ、これが、海なのね」
 愛しむように言う。
「最後は、海に捨てて頂戴」
 羅紗の風が僕の頬を撫で、そうして彼女は消えた。