【私の話】(第弐夜)

 先日、仕事の都合で百話きっちり収録された、ある実話怪談集を一晩で読まなくてはいけなくなった。締め切りギリギリまで遊んでいたせいである。
【一晩で読みきらないでください】という注釈を素通りし、まるで自動読書マシーンと化したかのようにひたすらページをめくる。だが、心を無にして読んでいても話数が重なる内に、じわりじわりと恐怖が浸透してくる。本の中で語られた怪異が今にも私の前に現れるのではないか、そんな不安がよぎっては怪奇現象よりも締め切りのほうが怖いと言い聞かせ、異様な世界に戻る。
合言葉がよかったのか、予想以上に早く読み終わりそうだった。あとは寝るだけといった格好でベッドに寝転がりながら、最後の一話、つまり百話目の怪談の終盤に差し掛かったところでふと肩を掴まれたような気がした。思わず顔を上げて振り返るが、もちろん誰もいない。ベッドの上に放り投げられた目覚し時計を見れば、ちょうど零時。もうそんな時間かとため息をついたそのとき、
――あとすこしだったのに
という性別のわからない低い声と生ぬるい空気が右耳を通り過ぎていった。
 あとすこし。振り向かなければ零時前に読み終えていた残り数行が黒く滲んで見えた。