第肆夜

私が最初に自分の車を手に入れた時分の話。
 当時はまだカーナビは普及したててで、携帯電話も都市部以外はほとんどカバーされていない状態だったので、ロードマップを頼りに行くことになるのだけど、夜道で目印の少ない道で迷った。
 出来れば何処かで電話がしたい。そんなことを思っているとヘッドライトが突然消えた。
 山の中のことだからいい気はしなかったけど、車のライトの不調は二人ともすでに織り込み済みだったから、車を降りてちょっと揺すって接触不良を直しで騙しだましでいいことにした。
 で、ひとしきり山道を走ったところで思っていた集落にはつかなかった。
 どうやら途中の道を手前で曲がってしまったらしく造成中とおぼしきゴルフ場についてしまった。
 本当に造成中だったかはよくわからない。ただ、車を遮るような門や鎖はなくやけにきれいな駐車スペースがあり、灯りのついた電話ボックスの中身は空っぽで、予定より大きく遅れることを別荘の友人に連絡できなかったことがひどく苛立たせた。
 二人とも夜道を走っていて緊張や疲労もあったし、何より膀胱が一杯だったのでとりあえず便所をさがそう、と体を伸ばしがてら辺りを少し歩くことにした。
 管理棟だかクラブハウスのようなものは遠目に月明かりに見えていたが、人の明かりがあるわけでもなし、鍵がかかっているだろうからと最初から諦めていた。
 果たして少し歩くと本当にゴルフ場だったらしいことがはっきりした。
 月明かりが陰ったのに足元をとられバンカーに落ちたことをきっかけに近くにあったバンカーならし用の熊手のついたトンボで二人してミステリーサークルを描き始めた。
 二人してすっかり大人げなく悪さなぞしたことを楽しみ、意気揚々と駐車場への道すがら、改めて自分達の作品なぞ眺めつつのんびりと歩いていたのだけど、自分達以外の闖入者がいたことに気がついた。
 たぶん五歳かそこらのこどもが山をつくって遊んでいる。
 ふーん。
 とそのときは思った。
 ホールひとつほども過ぎた辺りで相方のようすがおかしい。
 私よりもざっくり頭ひとつ大柄な男が走り出すのを押さえるかのように歩みのペースをあげている。私も歩くのは早い方だが、歩幅の違いでさすがにちょっとばかり余韻を楽しんでのんびりというペースではない。
 なにか急ぐ用事でも思い出したのかと相方の顔を眺めるとホンの今しがたまでの楽しげな雰囲気は吹き飛んで強張っていた。
「アレ、おかしいですよね」
 潜めるように言った声は疲れよりは怯えだった。
 今一つよくわからないまま、話題が子供のことだろうというのはわかった。
「わからんが、おれたちもいるくらいだし誰かと一緒に来たんだろ。クラブハウスの住み込みとか」
 そういった私の顔を見た相方の絶望的な顔は忘れられない。
「いそぎましょう」
 相方はそう言ってしばらくは押さえつけるように早足で歩いていたが、丘と林を越えた辺りでとうとう走り出した。仕方なく私も追うように走る。
「やっぱり他に誰も来てないじゃないですか」
 戻ってクルマに乗ってシートベルトを掛けると相方がそういった。
 狭くもない駐車場だったが、月は明るかったしクルマの影くらいは探すまでもなく見落とさない。クラブハウスは住み込みを必要とするような雰囲気でも造りでもなさそうだった。
 ようやく相方が何に怯えていたのか理解した私はクルマのエンジンを掛けると無言で来た道を戻るべくクルマを走らせる。
 と、またかよというタイミングでヘッドライトが消える。
「止まらないで」
 相方が叫んで身を乗り出してマグライトで助手席側から先を照らしはじめた。
 そうまでして止まりたくないかとは思わなかった。
 鼻の長いクルマで懐中電灯の光は却って道を見にくくしていたが、とりあえず路肩に落ちなければどうとでもなるとセンターラインと路肩の溝を見落とさない速度で走る。
 どうやら道を誤った分岐に戻ったとき、声が聞こえた。
「おもしろかったね」
「まぁねぇ」
 そんな余裕があったのかよと思ったが、一応苦笑混じりに答えた。
「えっ」
 相方の声に思わず振り向く。
「今の誰の声だよ」
 相方の顔には余裕がなかった。
「俺の声だろ」
「そっちじゃなくて、おもしろかったねってのは」
 無灯火に近い状態で山道を走るのにさすがにバックミラーには注視できない。改めてみるが後席にもどこにも異状はない。相方がベルトももどがしげに後ろを振り向くがなにも見つからなかった。