第十六夜【ある女中の記憶】

わしが奉公に出られたのは運が強かったからだ。
流行病で連れ合いやらを全て亡くしたが、大店の女中に滑り込めた。縁起悪いわしにも旦那たちは優しく、中でも相部屋のたまはことさら面倒見が良かった。
ある夜更け、厠に行こうと起きた。
たまを起こさぬよう布団を抜けて向かう途中、使われていない物置で音がした。ぼんやりと光が漏れている。
通り過ぎさま覗くと、中には睦み合う男女が一組。たまと旦那だった。
嫌なものを見ちまった。音をたてぬよう足を忍ばせて戻れば、たまは眠り込んでいた。とんだ変わり身の早さに舌を巻いたさ。
そして、あれは夏の夜のことだった。
暑さは薄いくせに湿った空気で、わしは寝られずにいた。横のたまはぐっすりとお休みだ。
堪らず、まだ涼しい飯場のほうへ行こうとしたのだが、また艶めいた声が聞こえた。たまだ。
旦那と情事にふけっているのかと思ったが、もう一つ別のがするのだ。
女の声。
わしは見ちまった。
絡み合うたまと奥様の姿を。
声をあげそうになるのを、ぐっと抑え、足早に部屋へ戻った。
そこにはぐっすりと眠るたまの姿が。わしより先に戻れるはずがない。
「どうしたんだい?」
身を竦めて振り向くと、そこにはたまがいた。
それはにたにたと笑いながら、わしの横をすり抜け、眠るたまの中に消えていった。
それから半年後、流行病でたまが死んだ。途端、旦那も奥様も人が変わったように奉公人にきつくあたり出した。
わしも嫌になって辞めちまって、ここに流れてきたわけよ。