第十九夜

先日、母が名古屋に遊びに来ました。今、私が住んでいるのは三十五平米ほどの部屋で、ひとりで暮らすには不都合のないものですが、母にとっては新鮮さを覚えるほど狭い空間だそうです。それでも、母が新婚当初、父と、幼い私と、三人で暮らしていた綾瀬のマンションに比べると広いそうです。これは、ちょっとした驚きでした。何しろ、私の朧げなる記憶では、私は、迷路のような家で暮らしていたからです。その家は、あまりに広く、全容は測り知れず、ときには家にいるはずの父や母を見つけることすらできない広さでした。間取りは複雑で、見覚えのない部屋がいくつもありました。鍵の掛かった扉も多く、袋小路もありました。私の主張を、母は一笑に付しました。幼いが故に、相対的に広く見えたのだろうと言うのです。家の中で迷子になったというのは、ひとつの恐怖体験です。小学二年生以前の記憶は、ほぼありませんが、迷子の記憶だけは、かろうじて残っています。疑いようがありません、絶対に、あの頃の私は、彷徨っていたはずなのです。恐らくは、家から家へと。