第二十二夜【ももたびつんではきみがため】

その小石で百個目でした。

お百度石の傍らに最後のひとつをそおっと積んで、男の子は立ち上がりました。
鳥居をくぐり、真っ赤に腫らした裸足で歩いていきます。始めは泣きそうだった痛みも、はやる心の前に掻き消えました。あれだけ不気味だった木々のざわめきも、どこか遠く聞こえます。
夜の闇にぼうっと浮かび上がる、おさい銭箱が見えてきました。その前で背筋を正してから、静かに五円玉をお渡ししました。
お辞儀を二回、手を二度鳴らし、もう一度頭を下げ、彼は願います。
(どうかおねえちゃんに、もう一度あわせてください)
あの姿を、忘れることなどできません。だいすきだった彼女は、彼をかばって車に轢かれたのですから。
泣きそうな顔をしながら、彼はおさい銭箱に背を向けました。自分が馬鹿のように思えたのです。こんなことしたって、あえるわけがない。もしあえたとしてなんと言う? …おねえちゃんは、ぼくのせいで死んだのに。
彼は帰ろうとして車道にふらふら入りました。
大仰なクラクションに全身を強張らせたときには、手遅れでした。無灯火で右から走ってくる車に、三秒後には轢かれてしまう…その瞬間。
彼は見ました。車が何か黒い影に衝突し、軌道を変えガードレールにぶつかるのを。そしてその影から、夥しい赤い雫が噴き出るのを。
雫は雨垂れのように振り注ぎます。彼は立ち去ろうとする影に手を伸ばしました。
「待って! ぼくもいっしょに――!」
影が振り返りました。その唇が動くのを見てから、彼は気を失いました。
次の日、男の子は車道の上、血溜りの中倒れているのを発見されました。しかしその血は彼のものでなく、そもそも彼には傷一つついていないのでした。
ただ、なぜその晩家を出て何をしていたのか――それがどうしても思い出せません。大人になった今も時折記憶を手繰ろうとしますが、その度何かが耳元で囁きます。

「ごめんね」

その声が誰のものなのかも、もう彼にはわからないのです。