屋上で悪魔を孵す(第九十三夜)

当時、隣の席の彼はクラスの皆から苛めを受けていた。それを僕は一番近くで見ていたけど、庇うことで僕自身が槍玉に挙がることは避けたかったし、殴られても反応が鈍い彼の、説明しづらい気味の悪さは、苛められて当然だとも思っていたから、僕はそれをずっと無視していた。そんな僕の態度に反して、隣の席の彼は僕に親しみを持って接して来ることがあった。

あるとき彼は、F1の絵がプリントされた筆入れを開けて、「内緒だよ」と言い含めてからその中身を僕に見せた。手垢だらけの汚い鉛筆と首のもげたキャラクター消しゴム。それらに混じって、セミの抜け殻らしきものが収まっていた。

「抜け殻じゃないよ」と言って、僕によく見えるように突き出した。眼球の部分が黒く不透明で、抜け殻とは違い中身の質量を感じさせる。そういう点では、隣の席の彼と同じような不気味さを伴っていた。

「これはね、悪魔の卵なんだ」

成虫にもなれず、土に還る事も出来なかったセミの幼虫は、コンクリートの上で悪魔に育つのだという。彼は施錠された屋上へ、半分しか開かない窓に手を突っ込んで、悪魔の卵を放り込む。苛めに対して反応の鈍かった彼の、言葉にならない悪意が、その屋上には無数に点在していた。