サヨナラペイン


 世間と断絶されたような限られた地域でしか咲かない美しい花、ペイン。村人のほとんどがペインの栽培と出荷に関わって生活している村に期間限定の医師・杉本がやってくる。ペインに隠された秘密と、秘密を守るための村人たちの秘密。やがてペインの導く運命が少しづつ、人を狂わせていく……

 恋愛物はいくつかに係累化出来て、もちろんその一つだけに絞って描かれることよりはいくつか組み合わせた形で提供されてくることが多いものだと普段から思う。例えば好きという明るいエネルギー、嫉妬という暗く冷えた熱、恋に落ちていく温度、恋に苦しむ温度。そこにどんな設定値を絡め、どんな物語を紡ぎ、どんな感情を描き出すのかは作者によって大きく異なるために読んでいてわくわくする部分で、そして「サヨナラペイン」はきっと、いつか離れていく絆と新しく結ばれていく絆の物語だ。

 弥絵と一志の二人きりの兄妹と、一志の恋人・宣子の3人の間にある、微妙かつ絶妙なバランス。お互いに自分の独占欲や微かな嫉妬心を感じながらお互いをいたわりあう優しさと切なさ。宣子のほうはかなりはっきり自覚していて、一志を車で送っていくシーンは心がよじれる感じで切ない。じっと耐えている彼女の、でも自分の気持ちの有り様は理解している彼女の、時々叫び出したくなるような欲求と抑え込む精神の強さとそれゆえのもろさ。宣子のことを考えていくと哀しいというよりは諦観のような切なさにうなだれてしまう。

 それに対して弥絵のほうは医師に気持ちはあるものの、いつか自分は世界から取り残されていくのだという静観の前でじっと動かない。宣子に比べてかなり少女の色合いの強い子だけども、やはり我慢する女。じっと耐える姿勢を崩したくないという意地なのか、この年齢に対して考えてみるとため息になるほど自分の未来を見切ってしまってるのが哀しい。

 ヒロイン2人がこんな調子だから綾さんのまっすぐな視点は気持ちいい。もっとも単純なお嬢様が我儘し放題、という構図でもないところがスイカの塩みたくいいアクセントだと思う。微かに視線がゆらぎそうな感じも漂わせつつ、人はあるべきところへ戻っていくのだなという感じ。彼女の結論に関してはちょっと驚いたのだが、でも男女の間は色々あってもいいのかな。

 ネタバレはしない主義なのでストーリーにはあまり触れない。けど最後のシーンは何故そこへ入れた……本来もっと前に挿入されるべきシーンなのに何故そこにあるんだ畜生。
 このラストが最高の重石になってイメージが完成する。切なさで読者を刺し殺すつもりらしい。これが辛いのか、切ないのか、それとも別の感情なのか、語彙が貧困でごめんなさいとしか言いようがないけど、何故ここなんだとぶつぶつ呟きつつも、恐らくここしかないんだということも思う。はい完敗。
 すごく良かったとしか表現できないのが悔しいんだけど、やっぱりひめのさんの書く物がすさまじく好きだということは思い知らされた1冊でした。


発行:みいこプロ
判型:A5 116P
頒布価格:500円
サイト:みいこプロWeb

レビュワー:小泉哉女

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