敗北を抱きしめて


決して伝統の強豪校ではない、御影台高校野球部。入部して以来投手としてコツコツと淡々と日々を積み上げてきた氷室の前に、超高校級スラッガー・神野が現れた。ピッチャー志望の神野だったが制球に難があり、外野へ配置される。ピッチャーとしてのプライドを胸に練習を重ねる氷室だが、やがて彼と同じく練習を積み上げた神野がピッチャーを志望する。

 御影台高校シリーズ……といって通じるんだろうか。MillionMeansさんはもう長く長く活動している古参サークルさんで、「わたしを野球につれてって」の書評を今は無き同人誌書評誌にて担当させていただいて以来このシリーズのファンだ。野球と魔法は相性がいい、と「わたしを~」の書評で書いた記憶がある。

 キンセラの「シューレス・ジョー」もそうだけど、その一球が、その一振りが、野球の神様の微かな差配がその一瞬が、運命を変えることが確かにある。その運命がほんの少しだけ軌道を変える魔法の物語は爽やかで清々しい青春と、その甘苦い追憶を丁寧に写し取って胸にせまる。 そしてこれはそのシリーズの一つだ。但し、魔法は登場しない。青春は勝利ばかりではなく、敗北を背負い、背負いながらも前を向く強さと切なさが綴られている。

 スポーツは勝利至上主義ではないとよく諭されるが、勝利のために努力し、仲間と協力することの美しさもまた喧伝されている。勝つことだけが目標でもないだろうが、勝てば嬉しく負ければ悔しいというのも自然な気持ちだと思う。それと同時に才能というべきなのか持って生まれてきたものの差がはっきりと出てしまうのもスポーツで、その差を努力で埋めることがある程度は可能なのもスポーツだ。

 けれど最後には一将成って万骨枯るが如くスターの足元には倒してきた好敵手たちがいて、今作の主人公氷室もまた、倒れるべき運命を知りつつ真っ直ぐに視線をあげてただ野球に打ち込んでいる高校生である。

 神野という強い光がそれでもただひどく眩しいのは、神野が才能だけではなく努力をたゆまない生真面目な野球バカとして描写されているからだろう。だからこの物語の読後感は敗北の苦さはあるもののとても透明で清々しい。野球が好きな人には勿論だけど、遠く遥かな時間を振り返りたい人にお勧めしたい良品。


発行:MillionMeans
判型:A5 36P
頒布価格:不明
サイト:MillionMeans

レビュワー:小泉哉女

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