後輩書記とセンパイ会計、不浄の美脚に挑む(2)


 開架中学一年、生徒会所属、有能なる書記のふみちゃんは、時代が違えば歴史上の文化人たちと肩を並べるほどの上級者だっただろう。そんなふみちゃんを律儀に見守る、一年先輩の生徒会所属、平凡なる会計の数井くん。二人をめぐる不思議現象を書き綴った、ゆるふわ妖怪短編集。 妖怪に詳しくない方にもおすすめ! ぜひふみちゃんに癒されてください。
(Amazon商品紹介より転載)

※過去の感想はこちら
 後輩書記とセンパイ会計、不浄の美脚に挑む(1)

 ふみちゃんが可愛い。
 いや、もうそれだけでこの感想はお終い! としてしまっても全く問題ない。問題ないはずないだろうが、と言われそうだけど、だって可愛いんだから仕方ないじゃないか。可愛いは正義だとどこかの漫画で言われていたけど、まさにその通りなのだ。他のあらゆる価値観を駆逐して、可愛いは全てを圧して輝くのだ。
 だから、この作品で一番重要視すべきはふみちゃんの可愛さである。

 可愛さというと世間的には『萌え』という下世話な記号に置き換えられてしまう節があって悲しい限りなのだけど、今僕が言う可愛さは、萌えとは全く別のものだ。萌えという言葉にある──と、あくまで僕が個人的に感じている──押しつけがましさ、あざとさのようなものが、可愛いという感覚には一切存在しない。萌えが前面に押し出すものなら、可愛さは秘めていても奥から尚匂い立つ花の香りのようなものだ。どちらが上かは個人の趣味によるものだから一概には言えないけれど、僕は断然可愛さを推す。
 文章でも絵でも何でも、萌えという感覚は比較的ターゲッティングしやすい。類型化、パターン化できる。ただし、可愛いという感覚は、なかなか書こうと思っても書けるものではない。それにはあざとさを排除した上でのキャラ立て、台詞選び、キャラの動作が必要になるからだ。
 容姿の描写を延々書き連ねることで「この子は可愛いんですよ」「美少女なんですよ」「男なら誰でもこの子をほっときませんよ」とすることはできる。できるが、だからといってそのキャラが作中の別キャラに与える印象を、読者までが共感することはほぼ不可能だ。あーそうなんだ、美少女キャラの扱いなのね、で終わる。物語を追っていく内に自然に読者が共感し、感情移入し、ああこの娘可愛いなあ……と溜息を吐かせるには、全く別の(というか、明らかに一段上の)技術が必要になるのだ。
 萌えキャラという記号化ではなく、キャラをヒロインとして確立しなければならない。
 これは、結構難しいことだ。
 そして本作『後輩書記とセンパイ会計、不浄の美脚に挑む』は、その難事をいとも容易く乗り越えている。

 不思議なものが見える(らしい)ふみちゃんと、不思議なものなんて全く見えない数井センパイとが繰り広げる、不可思議な妖怪にまつわる連作短編集。一人称小説としては珍しく淡々とした文体で、けれど緊張感を無闇に煽ることなく、むしろどこか牧歌的な雰囲気を持ったまま作品は進む。一作一作が短いため読むのにそれほど時間は必要としない。
 だけど、それは別に読み応えがないというわけではない。
 むしろ、読み応えに溢れている。
 前述した通りふみちゃんの可愛さを堪能する、というのも本作を楽しむ一つの方法だが、色々と心に引っかかる部分はある。まず、不可思議なものは本当に存在しているのか? ふみちゃんにしか見えていないものではないのか? くねくねと踊るしおりは何なのか? 様々な出来事がごく自然に描かれ、そのまま特に拘泥もせずに進んでしまう。普通の作品だったらあれこれ設定を盛り込んで説明してしまいがちな部分を、あえて説明していない。切り捨てているわけではなくて、読者に想像を委ねている。押しつけがましくないこの作品は、確かに作品紹介の通り「ゆるふわ」だ。
 けれど、決して軽くない。
 ゆるふわだけど、心にしっかりと残るものはある。

 キャラクタの描写についても同じだ。
 可愛い、可愛いと散々繰り返したけれど、実は文中でふみちゃんの容姿について触れる場面はほとんどない。数井センパイにしても、他の登場人物達にしても同様だ。最低限の特徴はさりげなく伝えられるものの、後は読者にお任せというスタイルになっている。
 不思議なものは、不思議なままに。
 ただし、読者の心に像を結ばせるだけのヒントを渡す。
 もちろん表紙イラストを見れば「ああ、ふみちゃんってこんな子なのね」と理解するのは簡単なのだけど、あえてそこは一度目を詰むり、本文だけを読んで、ふみちゃん像、そして他キャラ達の像を頭の中に思い描いて欲しい。
 多分、イラストがなくても、そこにはステキで可愛いキャラ達がああでもないこうでもないと不思議な日常を繰り返しているはずだから。

 さりげなく配置された妖怪、怪異への造詣。
 そして既存の妖怪像を巧みに改変し、あるいはストレートに表現して、生み出される青春物語。
 シリーズものらしいが、僕が今回購入したのは第一作目だけだった。
 成る程。
 してやられた。
 これじゃあ、シリーズ全て集めざるをえないじゃないか。


発行:眠る犬小屋
判型:A5 80P 
頒布価格:500円
サイト:後輩書記シリーズ公式サイト
レビュワー:神楽坂司