フェル・マーの経理さん
「技術は死ぬのよ、誰かが守ってやらないと。
だから私は作り上げたの。言葉通りの殺人(キラー)コンテンツをね!」
真夜中の開発室で、新人経理OL増間佳(ますまけい)のスパイ行為を目撃した、
三十路プログラマー安土竜吾(あづちりゅうご)。
ある男の死を追っていると主張する彼女と共に、
竜吾は東京ビッグサイトを襲う謎の銃撃事件に巻き込まれる。
準天頂衛星ビジネスを一変させる、新技術の 『鍵』 とは。
かつて憧れた女性が操る、『架空の銃』 と 『曲がる弾丸』 とは。
そして、仮定と否定の向こう側にある、佳の真なる想いとは。
彼女の n が3以上の時、竜吾は真実の証明に挑む。
これは、謎と願いの解(こたえ)を求める、
インダストリアルスパイラブハリケーンである。
(※サークルサイト様紹介文より転載)
流血迸り拳がうなる! そんな常に荒唐無稽の世界観を1200%のリアリティと面白さで書き続けるクロヒス諸房さんのライト脳ベルシリーズ。すっかり“ライト脳”にされてしまった私は、今回もどんなウルトラありえねぇをキメてくれるのかしら…とワクワクしながら読んだら…ええ、見事に裏切られました。勿論いい意味で。
うわー、いつビッグサイト変形するんだろう。いつ副社長が鍛え上げた肉体を晒すんだろう。いつ増間圭ちゃんがヒロイン無双するんだろう。とか、ライト脳リーダーなら期待しちゃうはず。でもね…今回ないんですよ…そういうの…。
誤解を恐れず言うと、クロヒス諸房さんのこれまでの作品で核になっていたのは、個人的には『“ありえない”のリアリティ』だと思っています。明らかに架空、明らかに想像、なのにその世界が実在かのするようにのめり込んでしまう。そこで生きる登場人物たちが、主人公でも悪役でもチョイ役でもそれぞれの正義を掲げ、時に葛藤し、熱くぶつかり合う。それが面白くてどんどん読んでしまう。毎度このパターンにすっかりはめられ今や禁断症状すら催す有様です。ですが、今作『フェル・マーの経理さん』にあるリアリティはそれとは一線を画しています。それは、現実に生きる私たちの、この世界にあるリアリティです。
クスッと心和む描写もはさみながら、物語の軸になる“新技術”やそれをめぐり蠢く影、事態に巻き込まれていく登場人物たちの様子を追っていくと、本の中の出来事というより現実に起こった事件の追う精巧なドキュメンタリーを見ているような気持ちになっていきます。以前別のライト脳ベルの感想を書かせて頂いたときにハリウッド映画のようだ、と思ったのですが、対する『フェル・マーさん』は年末年始の超特別版2時間ドラマ、という感じ。ハリウッドほどの仰々しさはないけれど、肌に直に感じるようなスリルと臨場感。テレビを観ているように、現実と錯覚するようなリアリティで迫ってきます。
第一に特筆すべきは主人公・安土竜吾さん。チート能力皆無の普通人にして苦労人の彼は事件に巻き込まれ翻弄されていきます。誰が敵で誰が味方か疑心暗鬼に陥ったり、事件の鍵になる新技術を生み出した天才同期(※故人)への劣等感を抱えて懊悩したり。彼の胸中に渦巻くのはまさしく、普通人の誰もが絶対一度は感じたことのある、あのやるせなさ。これが事件そのもののスリリングさとあいまって、絶妙に心に切り込んでくるんです。
最後まで何がどう転ぶかわからない中、葛藤の果てに傷だらけになりながら彼が出した『解』。それを手にクライマックスに立ち向かう彼の姿は、どんなチートヒーローのかっこいい活躍よりも胸にこみ上げてきます。
一発限りの大勝負に徒手空拳で挑む彼、その拳に乗せた想い、そしてその末に手に入れた『解』。この流れの熱さは、やっぱりライト脳ベル・クオリティです。
今最高に熱い極上のインダストリアルスパイラブハリケーン! ぜひ体感してください!