傍らのしあわせ

「こらこら、そこ座らない!」
「……ちっ」
「今舌打ちしたな、おい」
「うるせーな」
「テーブルの上に座るなっていっつも言ってるでしょ! 行儀悪いなぁ!」
「テーブルじゃねーよ、こたつだろ」
「一緒なの!」
「はいはい、わーったよ」
 面倒そうにため息をついて、彼がこたつから離れる。彼の座っていたところに持ってきた鍋を置くと、私はこたつに足を入れた。
「めんどくせー女」
「ひろちゃん、文句言うならご飯食べさせないよ」
「……生ゴミぶちまけてやる」
「それだけはやめて」
 くっと短く笑って、ひろちゃんは床にあったリモコンのボタンを押す。数秒の静けさの後、テレビからバラエティ番組の音声が流れ始めた。あまり興味のない大晦日の特番。

 あと一時間もすれば、カウントダウン。
 三ヶ月前、事故で両親を亡くした私が初めて迎える、たったひとりのお正月。
 いや、ひろちゃんが一緒にいてくれるからひとりじゃないか。

 鍋の中から白菜と鶏肉を取り分けて彼の前に置く。めんつゆ風味の出汁が勢いよく湯気を立てていて、それを顔に浴びた彼が嫌そうな顔をした。
「これ熱すぎだろ」
「そう? 猫舌だね」
「いや、これはお前でもやけどすんぞ」
「大丈夫だよ。鍋なんて熱いのふーふーしながらゆっくり食べるのがいいんじゃん」
「めんどくせー。わかんねーよ」
 早く食べたいのに、と恨めしそうにこちらを見てくる彼に、
「仕方ないなぁ。じゃあ、ふーふーしたげよっか?」
 からかうような台詞を口にした。
 ひろちゃんは一瞬、お前なぁ、と呆れたような視線を寄越したけど、
「……うん」
 と、器の中身を見つめながら、小さく頷いた。

「お前、よく食うなぁ」
 食後、みかんのカゴに手を伸ばしていると、呆れたようにそう言いながら、ひろちゃんが私の膝に頭をのせてくる。
「珍しいね。どしたの、甘えて」
「逆だよ。甘えたいんじゃないかと思ってさ」
「……うん」
 さすが。二十年以上をともにしてきた彼にはお見通しか。
 膝を見下ろして、そっと彼の頭を撫でる。
「ひろちゃん……帰ってきてくれて、ありがとね」
 涙が頬を伝う。両親が亡くなる前後の一週間、彼がいなくなった時のことを思い出してしまった。何をしていたのかは後から聞いたけれど、もしあのまま帰ってこなかったら、私はひとり、今もちゃんと生きていられただろうか。
「本当に、ありがとう」
 もう一度繰り返す。気持ちよさそうに目を閉じていたひろちゃんが、むくりと体を起こした。
 私の膝に手をついて伸び上がる。近づいてきた顔が、私の下唇に、つつくようなキスをした。

「泣くなよ、涙で毛が濡れるだろうが」

 ペロリと、ざらついた舌で頬の雫を舐め取った彼は、ちょっと恥ずかしそうにそっぽを向いて私の膝に座り直した。
「一緒にいてやるから、俺が人間に化けられるようになるまで、死ぬんじゃねーぞ」
 照れたようなその声は、なんだかものすごく高いハードルを提示してきて。
「……うん。頑張る」
 私は笑いながら、小さく頷いた。

「大好きだよ、ひろちゃん」

 除夜の鐘が鳴り響くのを聞きながら、にゃあと暴れる小さな体を後ろから抱きしめる。
 愛しき二股の尻尾が、放せ放せと怒りをこめて、私をペシペシと叩いていた。


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執筆者名:桂瀬衣緒

一言アピール
伏線回収とどんでん返しを目指して微妙に失敗した「なんとなく謎解き系」な小説を主に、仕事ネタと300字SS本を置いています。

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