『4Dプリンター「i・Mage<イマージュ>」』は<魔術師>の名を冠し、世界に幾多の夢と謎を振りまいた。
 万物を意のままに創り出すことができる次世代のプリンター。そんな謳い文句とともに4Dプリンター「i・Mage」が最先端テクノロジー展示会に初めて出展されたとき、誰もこの装置の仕組みを正確に理解する者はいなかった。ただ「あなたが頭に思い描いたものを、そのまま現実に出力できる」という聞こえの良い夢のような説明を受け取って、まるで魔法の装置だという口コミが広がるばかりだった。
 最先端技術の新商品は高額なのが常だが、「出たらすぐ手に入れて誰より先に試したい」という一部の好事家たちにより4Dプリンターは高額なうちからそれなりに売れ始め、初期の製品レビューには以下のような内容が目立った。
「外観がダサいのでインテリアには不向き。小型化、デザイナー起用が必要。動作音は意外に静かだが創造物によっては想定外の発熱を伴うため注意が必要か」
「インターフェースはシンプルでわかりやすいため、子供から老人まで問題なく使えるだろう。慣れないうちはイメージの具現化という工程に苦労するが、簡単な物であればすぐに創り出せるようになる。精密なクオリティを出すのは至難の業。また、大掛かりな創造のために途中保存する機能の実装が今後の課題か」
「使用中の自分を撮ってみたw目閉じてたから気付かなかったけど表情ヤバすぎるしなんか微妙に動いてるw出来たのは変なオブジェ」
 こうしたレビューから、少なくとも誰にでも使えるらしいことは察せられた。少し経つと、今度はより具体的な目的を持ったユーザーの行動が各種SNSで散見されるようになった。
「これって夢の装置では…? ネタを考えただけで漫画ができあがるってことだよね? と閃いたのでさっそく注文しました。納品は二ヶ月待ちらしい」
「材料の手配に手間のかかる調達業務をしていますが、これを使えば脳内から必要な資材を調達できるのではないかと考え、経費で買いました。今後社内ルールも見直して、各員が自力で調達するようにしたいです」
 やがて未購入者の間でも権利問題を皮切りに、様々な議論が盛り上がりを見せ始めた。
「誰かの作品や他社の製品をこれで作れちゃうと、著作権とか偽造とかの扱いってどうなるんだろう」
「4Dと言うけれど出力物は3Dだ。では4つめの次元は一体何を意味し、どのように作用しているのか?」
 多く見られたのは2D、3Dプリンターと比較しての特徴を挙げる論調だ。わかりやすいところでは、大昔の2Dプリンターはインクのドットを平面に打っていた、それが3Dになって原料のドットを立体次元に配置することが可能になった、4Dでもどこかに存在する4次元空間に何かを出力しているはずで、4つめの次元を認識することが難しいのは我々の感覚の限界が3次元であるからだ、とする説があった。しかしこれには「そもそも我々の次元を3次元と定義するのは誤りだ」などと異論の主張も強く、議論はプリンター自体から離れて発散することが多かった。
 一方で、インクや原料といった「出力の元になる物質」を「脳内イメージ」から3次元空間に出力している点が4Dだとする説もあった。3次元空間上に座標を定義できない「イメージ空間」とでも言うべきどこか4つめの次元から何かを取り出して3次元に出力しているのが4Dプリンターであるとする説は、否定が難しいため反論は目立たなかったが同時に立証も非常に困難だった。これはメーカー関係者(匿名希望)という眉唾な人物が一部メディアに4Dプリンターの仕組みを非公式でコメントした内容でもあった。
 メーカーは企業秘密につき詳細な仕様を一切公表せず、特許の申請もされていなかったため、前述の「物好き」たちは当然のように装置を分解してメーカー関係者のコメントを検証し始めた。その結果、漠然と何かを処理して何かを出力するための内部構造と、処理を統括する頭脳部分にあたるCPUチップセットなど、おおまかな仕組みは判明したが、肝心の「4D」に該当する部分がブラックボックスのままだった。おそらくこのパーツだろうと見当をつけた極め付きの物好きが、泣くほど高額な製品のパーツを破壊してまで内部を調べたが、高密度に集積された回路とごく微量の金属もしくは鉱物の欠片が見つかっただけで、それ以上のことは不明だった。
 価格が従来の3Dプリンター並みに下がった頃、やっと4Dプリンターは一般にも普及し始めた。ここまでの間にデザインがかなり洗練されたことも要因として大きいと考えられる。
 「プリンターで出せるなら通販よりも早いと思って」「腹が減っても料理したりコンビニ行ったりする必要がなくなるから」「3Dプリンター用の専用データを作る技術はなかったけど、これなら脳内でイメージするだけらしいので」「こういう発明を思いついて、それがそのまま創造できるのではと考え試したかった」
 日常生活を便利に、豊かにする目的でもっと気軽に購入する人が増え、世の中には4Dプリンターで創り出されるものが増えていく。そう考えられていた。
 取扱説明書には犯罪行為の禁止に関して列挙されているが、おそらく誰もが「現金を創る」ことを一度は試してみたのではないだろうか。偽造通貨の摘発率が微増したという嘘か本当かわからない情報も話題となった。
 様々な社会問題との関係を取り上げる記事も出始めた。原因不明の強い疲労感や栄養失調、あるいは物事に集中できない・やる気が出ないといった症状で来院・入院する患者が突然増加傾向を示すようになり、老若男女にまんべんなく見られる事象だったが、患者の共通点として「4Dプリンターのユーザー」であることが指摘されるとメーカーの株価は一時大きく暴落した。4Dプリンターの使い過ぎによる新しい病気だとする説は特に教育関係者やPTAといった組織から反響が大きかった。
 実は目新しい話ではない。こうした話題はどの時代にも見られ、「テレビは体に悪い」「携帯電話は体に悪い」時代を変えるような新しい製品が普及すると必ず指摘されてきた。そういう意味で4Dプリンターもまた時代の大きな転換点となりうる製品の可能性を示したと言えるかもしれない。事態は集団訴訟問題にまで発展したがあっという間に和解で幕を閉じ、メーカーから「4Dプリンターは安全な製品ですが、使い過ぎはあなたの健康を損なうおそれがあります。1日1時間程度を目安に、楽しくご使用ください」といった注意書きが付くようになった。結局、健康被害との関連は依然として明らかにされていない。
 前述のメーカー関係者(匿名希望)がコメントした、4Dプリンターが出力する材料は使用者の「想像力」そのものであり、出力のための工程では脳内で実際に出力すべき対象を完璧な精度で具体的にイメージできている必要がある、という説は奇しくもこの事象を裏付け得た。想像力という未知のリソースを消費して脳に未知のプログラムを処理させる装置がこのプリンターの正体であるとする言説は、その後も繰り返し浮上する定説の一つになった。
 体を動かして必要な物を手に入れる労力と、それを具現化できるまでに具体的に脳内でイメージするだけの集中力、もしくは新しいものを精密に思い描く想像力、どちらを大変に感じるかは人それぞれかもしれない。商品として売られている物のクオリティを具現化できるかどうかはプリンターの性能ではなくユーザーの力にかかっている。それがメーカーの主張であり、理屈の上では、まだこの世にない物体を創造することも可能な装置とされている。しかし奇抜な発想力とそれを実現可能な状態にまで詳細に脳内で構築する力は、両立が難しい。
 前述のユーザーたちは使用後のレビューとして以下のように追記している。
「考えただけで原稿が作れる…と期待したんだけど、印刷に使える精度のものを創り出すのは自分には無理でした。メーカーに問い合わせたら『製品に問題はありませんので、ユーザーのイメージが正しくなかった可能性が考えられます』だって。すごく頑張っても1ページも終わらない。正直、手で描いた方がずっと速くて確実」
「デジタルの場合はデータ構造から保存先のファイルシステムまで理解できてないと何一つ形に残せない。生身の人間には無理です。いつかサイバー空間で活躍するデジタルな脳の世界になったとき役に立つ製品かも」
「新発明だと思っていろいろ出力してみた結果、発明品の細部が微妙にはっきりしないことが客観視でき、このプリンターで脳内イメージを出力することで自分の発明を完璧なものに近づけるために何をすればよいかが明確になるので非常に役に立っている」
 メーカーは「出力時の省コスト化」と「イメージサポートデバイスの開発」を掲げ、今後の4Dプリンターの未来は明るいと強気の発表を続けているが、新機種の発表予定日は未定のままだ。密かに技術者の引き抜きがあって開発がとん挫しているとの噂も聞こえていた。

 4Dプリンター「i・Mage」、それはどんな物体でも出力可能な夢のプリンター。ある物体が実現可能になるまでユーザーの脳内の想像力を駆使し、完全に具体的で現実的である場合に限ってそれを今の時空へ反映させ、出力に成功する。つまり──未来の実現可能性を現時点で証明する機構の発明は、それ自体が未来の実現可能性を先取りした結果として誕生したパラドックスを内包する物である。
 メーカー関係者(匿名希望)が、ある放送局でのインタビューで4Dの核心部分に言及しようとしたが収録中に突如失踪した、という不可解な噂の真偽もまた、いまだ明らかではない。


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サークル名:えすたし庵(URL
執筆者名:柊呉葉

一言アピール
お題を見たとたん「あなたのイメージ(想像)をカタチ(創造)にする」って浮かんだのでそのまま書きました。直截だしこれはネタ被るだろうな~!と思ったので早め提出です。ふだんは長編ファンタジー小説を書いています。


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