青墓


 嵯峨・清涼寺の僧である光陰は、知人の供養のために美濃国野間庄内海を目指して中山道を旅していた。しかし、老曾の森を越えたところで夜になり、その日の宿に困っていると、そこに不思議な女性が現れる。
 その女性は盲目であった。琵琶をかき抱き、白い小袖をかぶり、童女に荷車を牽かせて夜道を行く、その奇妙な風体に光陰は恐れを抱くが、彼女は宿のない光陰を哀れに思い、光陰を青墓の遊女宿・万屋へと案内する。
 この万屋こそ、青墓宿一の遊女宿であり、この盲目の美女こそ海道一の遊女と称される万屋抱えの遊女・獅子吼御前だった。  光陰はその晩を万屋で明かすことになるが、深夜も過ぎると夢うつつのあいまに次々と怪異に見舞われる。暗い廊下を行き交う武者の影や、馬の嘶きに光陰は翻弄され、ついには何者かに矢をいかけられて九死に一生を得る。
 光陰は、謎の美女・獅子吼御前の正体を明かそうとするが、しかし、その獅子吼の手によって思いがけない真実が明かされる。光陰が何故この青墓という土地に導かれたのか――、中世の因果が描かれる。
(文学フリマウィキより引用)

sanka

唐橋史の筆致は乾いて、淡々と物語を綴っていく。
その乾いたタッチが最大限生かされているのがこの『青墓』だ。
物語の舞台となる宿場町・青墓は泥とおしろいと浅ましい本性の臭いがする。
くさい。とんでもなくくさい。物語から漂う悪臭は、乾いた筆がさっと動くたび一蹴されしかしつかず離れず進んでいく。
そう、憑きまとうのだ。
青墓は宿場町。そのなかの遊女宿に生きる獅子吼御前をヒロインとして物語は進む。獅子吼御前の目は濁り、茫洋として見えない物を見る。

『青墓』、『鏡磨』、『獅子吼御前』の三部作からなる本作は、かならずしも獅子吼御前を中心に据え物語が動いているわけではない。
むしろ彼女が本当の意味で主人公になるのは『獅子吼御前』だけである。
しかし、重要なのは心のあわいを覗きこまれるような、ぞっとする恐怖と物語が終わった後にほっと安堵する……そんな相反するふたつを獅子吼御前が持っていることである。

私が読んだなかでも一押しはやはり『獅子吼御前』だった。
内容は獅子吼御前が獅子吼御前たる理由である。
『青墓』『鏡磨』で見せた、何もかもを見透かしたような態度はいったいどこからきているのか。
予想を見事に裏切られた。
ネタバレになっているから詳しくは書かないが、いやはや本当に獅子吼御前の生い立ちをはじめ、その名の由来までが書かれていて驚いた。
本作のなかで一番古い時期に位置している『獅子吼御前』には諸行無常がはっきりと描かれている。この世にはなんの救いもない。そう言われる。
珊瑚の数珠の正体。〝獅子吼御前〟の末路。そして遊女宿の争乱を経た《獅子吼御前》のこと。その後に見えるかすかなかすかな光のこと。
何をいっているのか分からないと思われるだろう。
それでいいのだ。
読んで初めて膝を打つことができる。
それこそが読み手の醍醐味だと私は思う。
すべては曖昧で、あの世とこの世が混じり合った青墓なる地でかつてあったかもしれない……そんな極上の怪談を読みたければ『青墓』をオススメする。


発行:史文庫
判型:A5 300P
頒布価格:300円
サイト:史文庫

レビュワー:三日月理音